日本作曲界とフランス 〜100年の歩みを振り返る〜

日仏会館創立百周年を記念したコンサートが1月末に開催

現代の若手作曲家たちに至るまで、日本の作曲界にとって最も関係性の深い国、フランス。その交流の歴史は、実に100年以上前にまで遡ります。それぞれの時代を代表する作曲家によるピアノ曲や弦楽四重奏曲の貴重な実演を通して、その歩みを俯瞰する記念碑的なコンサート&対談が1月29日に東京文化会館で開催されます。音楽評論家・慶應義塾大学教授の片山杜秀さんと作曲家・東京音楽大学学長の野平一郎さんによるトークにも注目!
両国の文化交流に大きな役割を果たしてきた日仏会館の創立百周年を記念したこの催しを前に、フランスのコンテンポラリーシーンに常に刺激を受け、作曲界の発展に寄与してきた日本の個性あふれる作曲家たちの音楽を、いま改めて聴衆に届ける意義について、野平さんに寄稿していただきました。

文:野平一郎

 日本の作曲家とフランス音楽、あるいは音楽界との関わりは、大変長い歴史を持っている。またその関係のレベルは、単に趣味程度のものから本質的で奥深い影響に至るまでさまざまである。すでに1920年代よりフランス留学によって音楽を学ぼうとする作曲家が増え、1930年代前半にかけての主な人物に小松耕輔や池内友次郎、平尾喜四男、大前哲、大澤壽人、また高木東六、宅孝二等がいる。いずれもパリ国立音楽院、スコラ・カントルム、エコール・ノルマル音楽院、セザール・フランク音楽院等で学んで帰国し、大部分の作曲家は後輩の教育にも携わった。

 日本では、明治時代に西洋音楽が取り入れられてからは、主にドイツに留学した作曲家が教育の主流を占めていたが、次第に上記の人物が帰国するとともに、所謂フランス派と呼ばれる作曲家たちへと移行していった。特にこの中で初めて日本人としてパリ音楽院の正式な学生となった池内友次郎が、東京音楽学校、のちに東京藝術大学の教授に就任したことは大きく、ここに多くの才能溢れた次世代の作曲家たちが集まるようになった。パイオニアとしての役割を果たし、その後の音楽教育の方向性を決定づけた小松・池内・平尾といった「第1世代」の作曲家に続き、その世代に師事し、影響を受けた所謂「第2世代」の作曲家たちが戦後になると次々と現れる。順不同だが矢代秋雄、黛敏郎、三善晃、別宮貞雄、篠原真、宍戸睦郎といった人々がフランスに留学し、それぞれ作曲家として大成していく。いずれも前世代とは一線を画した作曲家たちであり、彼らが現れたことにより日本の作曲がより国際的に認められる素地を作り上げた。彼らの影響は誠に大きく、その後の日本作曲界の質や方向性を決定付けた。西洋音楽の古典的な方向性を主軸とした矢代・別宮に対して、より西洋の前衛的な動きを日本にもたらした黛・篠原、フランスの作曲家に影響を受けながら独自の路線を歩んだ三善・宍戸と方向性は極端に分岐していく。

 1960年以降になると、さらに上記の「第2世代」の作曲家に師事し影響を受けた人たちが、いわば日仏の「第3世代」として台頭していくのだが、ここに全て列挙することができないほど枚挙にいとまがない。留学の後、フランスに定住して主にフランスで作曲活動を行い、さらに日仏の音楽交流に邁進した作曲家の中から特に3人の名を挙げておこう。平義久、丹波明、牧野謙(かとり)である。この中で最も早くフランスに留学したのは丹波(1960年)であったが、彼はその後「能」をテーマにすることでCNRS(国立科学研究センター)にて研究・教授し、その日本音楽の理論は本人の作品のみでなく、海外の研究者にも影響を与えている。平義久は1966年にフランスに渡り、武満を除きおそらくヨーロッパで最も著名な作曲家の1人となった。彼の作品には、丹波とは全く異なった方向性で西洋の音楽と日本の伝統音楽との共生が試みられている。こうした方向性がフランスに長く定住した作曲家たちによって実践されたことは興味深く、またその実践の仕方も作曲家によって全く異なっていた。牧野も留学後フランスに留まり、複数の音楽院で教鞭をとりながら多くのフランスの音楽的組織と密接に関わった。その書式は表面上前の2人よりも西洋的な行き方だが、より日本を抽象的に捉えてその影響を受けていたことがうかがえる。こうした作曲家の動き、特にフランスに在住した人々の作曲活動は、日仏の交流に影響を与えると同時に、日本の作曲家が明治以来の西洋音楽摂取の歴史に新たな視点を供給するものである。そして私を含めた次の世代、より若い作曲家の思想に多くの影響を与えたのであり、こうした歴史を紐解くことは、単に時代による響きの違いだけではなく、より根本的な「日本人としての作曲」という大きな問題の変遷を垣間見ることにほかならない。

【Information】
日仏会館創立百周年記念 コンサートと対談:日仏文化交流に尽力した作曲家たち
2024.1/29(月)18:30 東京文化会館小ホール
演奏 ピアノ:岡田博美 *、入川舜 **
   弦楽四重奏:クァルテット・エクセルシオ ***(西野ゆか、北見春菜、吉田有紀子、大友肇)
対談 片山杜秀(慶應義塾大学)、野平一郎(東京音楽大学学長)

小松耕輔(1884-1966):ピアノ・ソナタ ト長調(1922)**
池内友次郎(1906-1991):弦楽四重奏のための前奏曲と追走曲(1946)***
平尾貴四男(1907-1953):ピアノ・ソナタ(1948/51)**
矢代秋雄(1929-1976):ピアノ・ソナタ(1961)*
黛敏郎(1929-1997):オール・デウーブル(ピアノソロ版)(1947)*

● 対談 ●  片山杜秀(慶應義塾大学) 野平一郎(東京音楽大学学長)

三善晃(1933-2013):弦楽四重奏曲第2番(1967)***
平義久(1937-2005):ソノモルフィー I (1970)*
牧野縑(1940-1992):弦楽三重奏のための「アンテルミッタンス」VI(1987)***
丹波明(1932-2023):弦楽四重奏のための「タタター」II(2012)***

https://www.mfjtokyo.or.jp/events/concert/20240129.html