INTERVIEW N響首席指揮者ファビオ・ルイージ マーラーを語る

2022年9月、NHK交響楽団の首席指揮者に就任したファビオ・ルイージ。任期は3年の予定だったが、就任からおよそ1年で早くも3年間の延長が発表された。聴衆からの人気、オーケストラとの関係の良さが窺い知れる。さらに任期中の2026年はN響の創立100年となる重要なシーズン。マエストロへの大きな信頼の表れだろう。
12月の定期公演にはそのルイージが登場。ファン投票によって選ばれた大曲、マーラーの交響曲第8番「一千人の交響曲」などを披露する。来日公演さなかの多忙なスケジュールの合間を縫って、インタビューに答えてもらった。

取材・文:柴田克彦

── ルイージさんは今年12月のN響第2000回定期公演を指揮されます。まずはこのことについての思いをお聞かせください。

 2000回目の定期公演を迎えること自体が、オーケストラのクオリティや継続性を如実に示しています。それを指揮するのは大変な名誉であり、しかも1000回目の定期を指揮されたのが崇拝するサヴァリッシュさんですから、その1000回後に私が後継者的な立場で指揮できることを、とても嬉しく思っています。

Fabio Luisi Photo: I.Sugimura/BRAVO

── その公演の演目が、ファン投票によってマーラーの交響曲第8番「一千人の交響曲」に決まりました。

 公募で曲を選ぶアイディア自体が面白い。なぜならN響とお客さんを繋ぐイベントのようなものになるからです。つまりN響がお客さんをリスペクトしていることの表れだと思うのです。コンサートはお客さんがいて初めて成立するもの。ですから公募はとても良いことだと思います。ただ、3曲提案した中に1曲マーラーがあったので、これに決まる可能性が高い気はしていました。数々の伝説を持った交響曲であり、複数の合唱があって、ソリストが多く、オーケストラも大規模なので、お客さんが望むのは当然かもしれません。

── この曲をどのくらい指揮されていますか?

 6~7回だと思います。大規模な曲にしてはけっこう多いですよね。

── ルイージさんが思う曲の特徴や魅力とは?

 まず2つしかない楽章が大きくかけ離れたものであること。第1楽章は宗教的で、古いテキストである讃美歌の詞を使い、形式もコンパクトに作られていますが、第2楽章はオペラのシーンのようにファンタジー溢れる音楽です。しかし第2楽章にあらすじのようなものがあるわけではありません。テキストであるゲーテの「ファウスト」自体がとてもシアトリカル(劇場的)で、曲も交響曲というより哲学であり、世界とは何か? 人間とは何か?を読み解こうとした壮大な物語だと思います。

── 第1楽章と第2楽章の内容や歌詞の関連性を、どう捉えたら良いでしょうか?

 両楽章は対立する2つの項として見るべきで、それをマーラーは巧みに表現しています。第1楽章は、宗教曲としてのロジックが明確であり、ソナタ形式で完結させていますが、第2楽章はより自由で、近代詩のようなテキストを使用し、音楽もまったく違う形式をとっています。先ほどオペラと言ったように、第2楽章は広がりを持ったオープンな音楽。これはマーラーが意図したもので、逆に関連付けない方がいい。メロディなど専門家が気付くレベルの関連性はあるのですが、お客さんはマーラーがあえて両楽章の違いを強調したとの認識で聴いた方がよいと思います。

── マーラーは、交響曲第2~4番を声楽付き、第5~7番を器楽のみで創作し、第8番でまた声楽を取り入れました。この曲ならではの声楽の特徴とは?

 声楽パートの使い方が大きく変わっています。2〜4番では、マーラーが愛好していた民衆的なリートを取り入れていますが、8番では民衆的な要素を排除し、声楽を教養主義的・文化的なものとして用いています。それは8番が哲学を物語る壮大な音楽だからではないでしょうか。

── 今回の声楽ソリストはどんな方々でしょうか? さらに新国立劇場合唱団についてひと言。

 ソリストは私が選びましたが、表現力のある経験豊かな人ばかりです。新国立劇場合唱団は何度も共演していますが、コーラスが重要な8番に相応しい素晴らしい合唱団ですね。

── ところで、N響がアムステルダムの「マーラー・フェスティバル2025」に出演することが決まりましたね。

 これは大変な名誉です。とても重要なフェスティバルであり、2025年の時点でのマーラー演奏の姿を切り取るような公演ですから、レベルが高いオーケストラしか招聘されません。ですから、この招待はN響の価値やレベルの高さの証明であり、アジアから初めてオーケストラが招かれたのも記念すべきことです。

── 演目の交響曲第3番と第4番については?

 演目はフェスティバル側からの提案によるものですが、3番はとても重要な交響曲で、4番は人気曲。しかも3番と4番は全く毛並みの違う交響曲であり、3番が8番に似た宇宙を語るような規模を持っているのに対して、4番は透明感があってクラシカルです。その2曲の違いを有機的に伝えられるのが楽しみですね。

── N響のマーラー演奏に関してはどう思われていますか?

 N響自体が経験豊かなエキスパート揃いで、しかもブラームスやブルックナー、マーラーといったレパートリーを知り尽くしたオーケストラです。なのでマーラーの世界観を表す言語を理解するのに困難などまったくありません。2017年4月の第1番「巨人」が、私がN響と演奏した唯一のマーラーですが、その際も彼らは音楽言語を理解し、素晴らしい形で表現してくれました。N響にとってマーラーの演奏は、新しいことではなく、すでに血肉となっているものです。

── 本日はどうもありがとうございました。第2000回定期を楽しみにしています。


【Information】
第1998回 定期公演 Cプログラム
2023.12/1(金)19:30(休憩なし)
2023.12/2(土)14:00(休憩なし)
NHKホール

◎出演
指揮:ファビオ・ルイージ
◎曲目
フンパーディンク/歌劇「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲
ベルリオーズ/幻想交響曲 作品14

第1999回 定期公演 Bプログラム
レーガー生誕150年

2023.12/6(水)19:00
2023.12/7(木)19:00
サントリーホール

◎出演
指揮:ファビオ・ルイージ
ピアノ:アリス・紗良・オット
◎曲目
ハイドン/交響曲 第100番 ト長調 Hob.I-100 「軍隊」
リスト/ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調
レーガー/モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ 作品132

第2000回 定期公演 Aプログラム
2023.12/16(土)18:00
2023.12/17(日)14:00
NHKホール

◎出演
指揮:ファビオ・ルイージ
ソプラノ:ジャクリン・ワーグナー
ソプラノ:ヴァレンティーナ・ファルカシュ
ソプラノ:三宅理恵
アルト:オレシア・ペトロヴァ
アルト:カトリオーナ・モリソン
テノール:ミヒャエル・シャーデ
バリトン:ルーク・ストリフ
バス:ダーヴィッド・シュテフェンス
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
◎曲目
マーラー/交響曲 第8番 変ホ長調 「一千人の交響曲」(ファン投票選出曲)

問:N響ガイド0570-02-9502
https://www.nhkso.or.jp

マーラー・フェスティバル 2025
コンセルトヘボウ 大ホール公演

2025.5/11(日)20:15 アムステルダム/ロイヤル・コンセルトヘボウ

◎出演
NHK交響楽団
指揮:ファビオ・ルイージ
合唱:オランダ放送合唱団(女声)
児童合唱:オランダ国立児童合唱団
メゾソプラノ:オレシア・ペトロヴァ
◎曲目
マーラー/交響曲第3番

2025.5/12(月) 20:15 アムステルダム/ロイヤル・コンセルトヘボウ
◎出演
NHK交響楽団
指揮:ファビオ・ルイージ
ソプラノ:イン・ファン
バリトン:後日発表
◎曲目
マーラー/子供の不思議な角笛
マーラー/交響曲第4番

Mahler Festival 2025
https://mahlerfestival.concertgebouw.nl/en/