隠岐彩夏(ソプラノ)

類まれな艷やかな歌声と名手たちのインスピレーションが呼応する

(c)平舘 平

 ひとつの才能に周囲の才能が呼び寄せられることがある。ソプラノ隠岐彩夏のデビューCD『愛しの夜』(キングレコード)は、ピアノの横山幸雄、ヴァイオリンの矢部達哉という若き巨匠二人が自ら進んでコラボした強力盤。11月21日には同じメンバーで発売記念コンサートも開く。CDも公演も、軸はシューマン〈女の愛と生涯〉とバーバー〈ノックスヴィル 1915年の夏〉だ。

 「シューマンの歌曲は、ピアノだけでも成り立つのではと思うほど、ピアノと歌が溶け合っています。横山さんが共演してくださるのなら、ぜひ〈女の愛と生涯〉に挑戦したいと考えました。そこにバーバーを入れるのはちょっと異質な気もして、どちらかだけにしようかと迷ったものの、結局両方入れて思いきりわがままなCDになりました(笑)」

 “わがまま”は大正解。シューマンでは雄弁に、バーバーではエネルギーが次々に移ろう多彩さで、ピアノが歌と対峙している。

 「とても楽しい時間でした。『これがもしピアノ曲ならどう弾きますか?』と尋ねると、何度か弾いて応えてくださる。それを聴いて、自分の歌の過度な表現に気づかされたり。歌曲はピアノ側の視点からも学べるのだと教えていただきました」

 一方、矢部のヴァイオリンはなんといってもR.シュトラウス〈明日!〉。例の、触れたら壊れてしまいそうな繊細な前奏を渋い響きで聴かせる。枯淡の境地。

 「このためにガット弦に張り替えてくださいました。素晴らしいですよね。レコーディング中、この時間が終わってほしくない…とずっと思っていました」

 矢部や横山らが中心となってコロナ禍の中で立ち上げた「三島せせらぎ音楽祭」で共演した隠岐の歌に二人が惚れ込み、矢部がレコード会社に売り込んだ。彼女に内緒でリハーサル時の音源を持ち込んでプロデューサーを説き伏せたのだそう。熱い!

 「星になって きらめいて
  すぐに私に 見つかるように……」

 矢部と横山に勧められて初挑戦した、横山作曲〈静かな夜に〉の歌詞。これもアルバムの大きな聴きどころだ。

 「なかなか書けずに焦っていた時、息子が保育園で描いた七夕の短冊がきっかけになりました。『宇宙飛行士になりたい』。それをSNSで私の父に送ったんですね。父は闘病中だったのですが返信をくれて。『(その頃には自分は)星になっているから、会いに来てね』と。ああ、父は星になるのか……と思った経験がベースになっています」

 歌う時の課題であり理想は、いかに自分の「真ん中」を見つけるかだという。

 「取りつくろって、一見うまそうにまとめてもしょうがない。どんどん削ぎ落とされていくと真ん中だけが残る。その過程がひょんなことで突然見つかることがあるんです。だから歌は面白い。ちゃんと自分の中から見つかる。本当は自分が持っているものなんですね。『オズの魔法使い』もそういうストーリーですよね」

 なるほど。アルバムの最後もオズの〈虹の彼方に〉だ! 丁寧で誠実な歌はきっとあなたの心も掴むはず。横山や矢部がそうだったように。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2023年10月号より)

隠岐彩夏(ソプラノ)・矢部達哉(ヴァイオリン)・横山幸雄(ピアノ)
3人のトップ・アーティストたちによる愛しの夜
2023.11/21(火)19:00 第一生命ホール
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 
https://www.japanarts.co.jp

CD『愛しの夜』
キングレコード
KICC-1604
¥3300(税込)