相思相愛の音楽家たちの協奏、ホールも一体となって
時空を超えて輝くピアノ協奏曲を仲立ちに、聴き手、指揮者、オーケストラと創造の喜びを分かち合う小山実稚恵のサントリーホール・シリーズ Concerto<以心伝心>2023が近づいてきた。
10月28日土曜の午後4時、小山実稚恵が想いを寄せるのは、ウィーン古典派の様式美を遵守しつつ、ピアノもオーケストラも驚くべき筆致に彩られたベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番と第5番「皇帝」。指揮台に立つのは小林研一郎で、オーケストラは日本フィル。最高の役者が揃った名舞台の趣だ。
小山「<以心伝心>で、ひとりの作曲家のコンチェルトを2曲弾くのは今回だけです。それもベートーヴェン! 何度もご一緒している小林研一郎先生と共演できます。こんなに嬉しいことはありません。
お客様もそうですよね。だって炎のコバケンのベートーヴェンですよ! 先生はオーラという言葉をよく口にされますが、演奏中、ただ支えてくださるだけでなく、ほんとうにオーラをくださるのです。指揮に集中しているときでも、オーケストラと会話を交わしていらっしゃるようなときでも、私のことを『見てくださっている』のです。ええ、以心伝心です。私はいつも以上にオーケストラの響きに身を委ね、コンチェルトの喜びを味わうことができるのです」
小山実稚恵の小林研一郎賛は尽きない。いっぽう、マエストロ小林研一郎の小山実稚恵賛も尽きない。
小林「大切なベートーヴェンで、コバケンと日本フィルを選んでくださったことに感謝します。実稚恵さんがピンと背筋を伸ばされ、素敵な表情で私と日本フィルを見つめ、微笑んでくださるだけで、音楽が自然に溢れ出てきます。まさにオーケストラと一体となるピアニストです。
でもね、初めて共演した頃、僕はひどいことを彼女に言ってしまいました。今の仙台フィルがまだ宮城フィルといっていた頃ですから1980年代の後半でしょうか。ベートーヴェンの4番のコンチェルトを初めてご一緒した時でした。僕はその頃から実稚恵さんのピアノが大好きでした。ですので『実稚恵さん、最初のソロのところ、もっと自信をもって弾いてくださいますか。さっきの音は、あなたの音じゃない。本当のあなたの音を聴かせて』と。僕、なんてひどいことを言ったのでしょう」
小山「いえ、あのとき、私は自分のなかで何かをまとめよう、きちんとしなくては、という思いがありすぎて硬くなっていたのです。先生はそれを一瞬で見抜いて、最高のアドバイスをくださいました。
演奏は習うものではありません。最後は自分。先生とは数えきれないぐらいご一緒していますが、いつも新鮮です。同じ曲でも違う。何度でもご一緒したくなります。思えば、先生がよく指揮されるチャイコフスキーの交響曲第5番やドヴォルザークの『新世界から』などもそうですよね。また聴きたくなります」
ベートーヴェンの3番と「皇帝」をめぐっても話は尽きない。
小山「よく知られた2曲ですが、ソロのパートばかりでなく、オーケストラにもドラマがいっぱいで、弾く度に心が震えます」
小林「たとえば3番のコンチェルト、ハ短調(1楽章)から音楽理論的には、ずっと離れたホ長調(2楽章)に飛ぶのですが、別の世界、宇宙に連れていってもらうぐらいの衝撃です」
サントリーホールを知り尽くした二人のサントリーホール賛も尽きない。
小林「僕は、すべての音楽家のなかでサントリーホールでの演奏回数が一番多いらしいのですが、サントリーホールはまさに光り輝く音楽の殿堂ですね。その光はただ差し込むのではなく、何かひとつのサークルと申しましょうか、きらきらとした環をつくっているのです。あの、まばゆい空間での実稚恵さんとのコンチェルト。阿吽の呼吸で演奏するコバケンと日本フィルの音楽の行間も楽しみになさってください」
小山「コンチェルト、大好きです。名曲を何回演奏なさっても、その度に私たちを熱くしてくださるコバケン先生とのベートーヴェン。心躍りますよね。3番のコンチェルトも『皇帝』も、あの前奏が聴こえてくるみたいです。
そして…大好きなサントリーホールでベートーヴェンの音を、存分に羽ばたかせたいです」
開演を彩る「エグモント」序曲にも遅れなきよう。小山実稚恵と小林研一郎の<以心伝心>を、あらためて体感したいものである。
取材・文:奥田佳道
(ぶらあぼ2023年10月号より)
小山実稚恵 サントリーホール・シリーズ
Concerto <以心伝心> 2023
2023.10/28(土)16:00 サントリーホール
出演/
小山実稚恵(ピアノ)、小林研一郎(指揮)、日本フィルハーモニー交響楽団
曲目/
ベートーヴェン:「エグモント」序曲
ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 op.37
ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 変ホ長調 op.73
問:サントリーホールチケットセンター0570-55-0017
suntoryhall.pia.jp