若き日のアラン・ギルバートとの絆が生んだプロジェクト
写真・文:編集部
6月27日から7月14日までの18日間、横浜市で指揮者のアラン・ギルバートと大友直人が創設したミュージック・マスターズ・コース・ジャパン(MMCJ)が開催されている。2001年に始まり今年で創設から23年となる歴史ある音楽セミナーで、受講生は既に延べ500人を越え世界中で活躍している。出身者は、日本人だけでも札響のコンサートマスター 会田莉凡、N響の首席オーボエ奏者 吉村結実、ジュネーヴ国際音楽コンクール チェロ部門で日本人初優勝の上野通明、カルテット・アマービレの篠原悠那、中恵菜と枚挙にいとまがない。日本をはじめ世界中から集まる受講生たちはおよそ3週間にわたり音楽漬けの日々を送る。しかも受講料は無料で、宿泊費や食費、交通費も負担してくれるという若い音楽家にとってはこの上ない環境が整えられている。今回は弦楽四重奏が4組、16名が参加(うち4名がフランスから来日)、指導にあたるのは大友直人、ハーヴィー・デ・スーザ(vn)、鈴木学(va)、山崎伸子(vc)、クァルテット・エクセルシオのメンバー。
会場となっているサンモール・インターナショナルスクールで、創設音楽監督の大友にMMCJにかける想い、これまでの道のりついて話を聞いた。
MMCJの原点
実は古い話で私の学生時代まで遡るんです。若い人は皆そうだと思うのですが、私も当時のオーケストラの状況や音楽シーン、未来のことなどいろいろ考えていました。その頃からずっと大きな疑問だったのが、日本を含むアジアと西洋とを隔てて捉えることでした。特にクラシック音楽は、他のカルチャーと比べて特にその傾向が強く、そういう中で「日本人がヨーロッパの音楽をやるということはどういう意味があるのか」を深く考えるようになりました。極端に言えば西洋が最高なのであれば、彼らの音楽だけを聴いていれば成り立ってしまうのではないか。でもその状況が続いていくと、日本の音楽は未来永劫二流三流に止まってしまうのではないか・・・。
アラン・ギルバートとの出会い
その様な危機感を持ちながら、タングルウッドの音楽祭に行くことになりました。確か2回目に行った1988年、アラン・ギルバートに出会います。私は29歳、すでに7〜8年指揮者として活動していましたが、彼はまだ20歳でした。同じ指揮科のコースで、彼のお母さんが日本人ということもあり、なついてくれて毎日一緒に過ごしいろいろなことを語り合いました。彼は生粋のニューヨーカーですが、日本にはとても興味を持っていたので、休みがあると日本に来て、毎回必ず僕のリハーサルを見に来ていました。彼も日本の音楽の現場が本当に日本人ばかりという光景を目の当たりにして、これはなんとかできないものだろうか、と思うようになりました。優秀な海外の音楽家に自然な形で日本の音楽シーンに興味を持ってもらい、「ゲスト」ではなく対等な関係で活動が出来る状況と環境を日本に作れないか。そのために、海外の若い音楽家を日本に招待して、実際に彼らの目で日本を見てもらい将来的な関係性を築いていこうと考えました。
ふたりの友情から生まれたトライアル
そこでアランが「じゃあナオトさん、若い音楽家の交流を日本でやってみよう!」と言って始めたMMCJの大元になる実験的なプロジェクトがあるのです。カーティス音楽院の学生に桐朋学園での学生生活を体験してもらう「ミュージック・フロム・カーティス」という企画を1992年と93年に実施しました。当時アランはまだカーティスの学生でした。そこで私は母校の桐朋学園の学長を務めていた三善晃先生に、アランはカーティス音楽院の学長ゲイリー・グラフマンに掛け合ったのです。2週間、25名の規模です。ふた夏かけて、私とアランのふたりで色々な企業を周り、スポンサーを探しました。そうしたところ、ある大手企業が2年間大きなサポートをしてくださることになりました。そしてカーティスの学生が日本にやってきて、桐朋学園で授業を受け、室内楽やオーケストラを一緒にという交流ができたのです。いまベルリン・フィルで活躍している清水直子さんは当時の桐朋の学生で、その時の経験が海外留学につながったのではないかと思います。
このプロジェクトで意義を確信し、学校とか国ももっとオープンに、世界中から若い優秀な音楽家を日本に呼んで一緒に勉強する、というアイディアが固まったのです。
2001年、MMCJがスタート
その後、アランはクリーヴランドで副指揮を務めたり、ジュネーヴのコンクールで優勝したり、どんどん忙しくなっていくなかで準備を進めていきました。『国際交流をし、先生も学生もひとつになって勉強し合う。音楽家の仲間による手作りの講習会を作ろう』という考え方を同じくする仲間たちで発足したのがMMCJです。
今でこそ錚々たるメンバーですが、当時は名もなければ肩書きもない、でも想いをともにする同志たちです。実行委員長には、富士ゼロックスの小林陽太郎さんに就任していただき、当時オープンしたばかりの、木更津のかずさアカデミアパークが会場に決まりました。コンセプトは一貫して「海外の若い学生と日本の学生が、先生たちと寝食をともにしながら勉強しお互いを高め合い、情報交換をしていく」というものです。私とアランがそうだったように、若い頃一緒に苦労して勉強した仲間との関係は特別で、その後、年月を経ても簡単に話ができるのです。そして2001年6月、43名の受講生が集まりMMCJがスタートしました。
日本にインターナショナルなオーケストラを
その後、横浜市から協力を得られることになり場所を横浜に移しました。活動資金の確保にはずっと苦労してきましたが、そこにコロナの時代がやってきます。フルサイズでの開催は当然厳しいですから、オンラインなど工夫をしながら活動を続けてきました。今回はコロナ禍を経て4年ぶりに海外の学生が参加となり、やっと少し前進できたかなという感覚です。
MMCJではいつも会期の最後にオーケストラコンサートを開催しています。それが実におもしろく、まだ拙い臨時編成の若い人達のオーケストラにもかかわらず、日本のオーケストラとは全く違う音がするのです。こういうインターナショナルな感性を持ったオーケストラが日本のお客さまに向けて、日常的に活動できる時代が来ることを願い、今後も活動を継続していきたいと思います。
『MMCJを続けるための資源の確保、運営は、決して容易ではありません。それでこんな白髪になってしまった』と微笑む大友。その表情は、いつものジェントルな物腰、凛とした佇まいの指揮姿というイメージからは一線を画し、四半世紀にわたりこのセミナーを創設・継続してきたことへの苦心と充実感が滲んでいた。それは、音楽家を志す若者たちへの思い、日本の音楽シーンの発展を願う強い気持ちの表れでもあるのだろう。
MMCJ2023コンサート
受講生による室内楽コンサート
2023.7/9(日)14:00 横浜みなとみらいホール(小)
出演
MMCJ2023受講生
プログラム
当日発表
弦楽合奏演奏会
2023.7/14(金)19:00 横浜みなとみらいホール
出演
大友直人(指揮)
ジェニファー・ギルバート(ヴァイオリン)
MMCJ受講生 & 終了生/他
プログラム
芥川也寸志:弦楽のための3楽章
ショスタコーヴィチ/バルシャイ編:室内交響曲 Op.110a
ドヴォルザーク:弦楽セレナーデ
ミュージック・マスターズ・コース・ジャパン ヨコハマ2023
https://mmcj.org/