モーツァルトの名作がもつカラフルな魅力を伝えたい
今年、開館5年目を迎えるフェニーチェ堺。8月5日には、2019年のグランドオープンの際に上演した子どものためのオペラ「《まほうのふえ》〜パミーナ姫のたんじょうび〜」を再演する。そこで、演出を手がける菅尾友に、作品の魅力や子ども向けオペラで心がけていること、などについて存分に語ってもらった。
この作品は、元々は2018年にザルツブルク音楽祭で初演された。音楽祭からのオファーは「モーツァルトの《魔笛》を1時間で子ども向けに演出してほしい」というものだったそうだが、菅尾は「ただ抜粋するだけでは面白くないので、パミーナの視点で物語を再構成したい」と提案。音楽祭側からの快諾を得てつくられた。
「物語はパミーナ姫がお誕生日の前日に不思議な夢を見る、という形をとっています。タミーノは夢の中で出会うお友だちで、パパゲーノはパミーナのお兄さん。テクストは変えているところもあって、例えば第2幕でパミーナが歌う有名なアリアは、原作ではタミーノが喋ってくれなくて悲しいという内容ですが、ここではみんながいなくなって寂しいという内容に変えてあります。
前回の2019年の時には小ホール公演だったので、小編成のアンサンブル用にアレンジしたバージョンでお届けしましたが、今回は大ホールでの上演で大阪交響楽団がピットに入ってくださるので、モーツァルトの楽譜にある通りのオーケストラの響きを楽しんでいただけます。ただし、物語の進行に合わせて順番を変えています」
公演は3歳から鑑賞可能で、子ども(3歳〜小学生)券、中高生券のほか、大人・子どもペア券も設定されている。
「例えば小学生が来るとすれば保護者の方も一緒に来てくださることを想定していて、そういう大人の方にも楽しんでもらいたいと思っています。オペラを観たことがない方に“オペラって面白いかもしれないな”って思ってもらえたり、普段オペラをよく観ていてこの機会にお子さんにも観せようという方には“《魔笛》ってこんなふうにも観られるのか”と楽しんでいただけたら嬉しいです」
一昨年、筆者は東京芸術劇場で菅尾演出の子どものためのオペラ《ゴールド!》を観たが、参加型の舞台に子どもたちは大喜びだった。普段、子ども向けオペラを演出する時には、どのようなことを考え、心がけているのだろうか。
「子ども向けに特別なことをしている、という感覚はあまりないんですよね。作品に対して真摯に取り組む、という意味ではどんなプロダクションでも同じですから。僕は、こういうことができたら自分が楽しいだろうな、という思いを常に持っていて、それをお客さまにどう見せるか、をパラレルに考えているんです。物語が何を表現しているのかを観ている方に伝えるのが演出の仕事だと思うので、お客さまと共有できるコンテクストを探すのが大事。あえていうなら、子ども向けの時にはそれをより注意深く考えているかもしれません」
例えば、《魔笛》の象徴的な場面である第3幕の「火と水の試練」の場。現代の子どもにとって「試練」というのはなかなかわかりづらいものだが、今回菅尾は、これを「宝の地図を持って火と水の中を冒険して宝箱を見つける、というストーリーにしたら面白いのでは」と考えた。「冒険」や「宝探し」という子どもに馴染みのある「コンテクスト」に落とし込んだわけだ。こうした「わかりやすいコンテクストに落とし込む」というのは、子ども向けだけではなく「菅尾演出」自体の大きな特徴であると思う。
「よくオペラではアリアの間は時間が止まっている、といわれますが、僕の考えは違うんです。タミーノが“彼女と会ったら何をしよう”という言葉を2回繰り返して歌うのだとしたら、それは繰り返すことに意味があるのだと思う。その意味をきちんと表現していかないと観ている人は退屈してしまいます。その中で物語がどう動いていくのかを演出で見せたいんです」
もちろん、ただ退屈させないだけでなく、《魔笛》という作品の持つ魅力を伝えたいという思いが根底にはある。だから、例えば上述のパミーナのアリアは長いけれども全部演奏する。先ほどの「試練」の場面もカットはしない。そういう「モーツァルトに対する真面目な取り組み」も、菅尾がこだわった点だという。
「入門編ではありますが、《魔笛》という作品の持つカラフルな魅力を感じてほしいという思いで作っています」
今回のプロダクションでは、劇中で使われる小道具を作るワークショップや、舞台裏のツアーなども企画されているが、その中で菅尾は「演出家養成ワークショップ」を主催する。
「僕が現在拠点を置いているドイツの劇場には、稽古場に一定期間研修生を入れる制度があります。高校生から大学生ぐらいのオペラ演出家を目指す人、可能性のひとつとして考えている人に、稽古場を見学してもらいます。僕は、興味がある人にはどんどん稽古場を見てもらいたいと思っているので、今回、こうした研修生的な立場での稽古場参加をしてもらったらどうでしょう、と劇場側に提案しました。シーン作りの中でアイディアを出してもらうということも考えています。ぜひ、オペラ演出に興味がある若い方に参加してもらいたいです」
子どもから大人まで、あらゆる世代に向けて発信するこのオペラ「《まほうのふえ》〜パミーナ姫のたんじょうび〜」。ぜひフェニーチェ堺を訪れ、実際の舞台を観てみたい思いでいっぱいになった。
取材・文:室田尚子
Information
子どものためのオペラ《まほうのふえ》~パミーナ姫のたんじょうび~
(日本語上演・字幕付)
2023.8/5(土)【昼の部】13:00 【夜の部】17:00
(上映時間:約1時間・休憩なし)
フェニーチェ堺
原作:モーツァルト作曲/オペラ《魔笛》
演出:菅尾友
指揮:瀬山智博
管弦楽:大阪交響楽団
合唱:堺市少年少女合唱団
堺リーブズハーモニー
●出演
パミーナ:松原みなみ
夜の女王:谷川あお
パパゲーナ:辻本令菜
パパゲーノ:仲田尋一
タミーノ:福西仁
モノスタトス:坂東達也
ザラストロ:湯浅貴斗
※ 辻本令菜さんの「辻」の字は、正しくは一点しんにょうです。
●料金(全席指定/税込)
子ども(3歳~小学生):1500円
中高生:2500円
大人:5000円
大人・子どもペア:5500円
主催・企画・制作:フェニーチェ堺(堺市文化振興財団)072-223-1000
https://www.fenice-sacay.jp