パレルモ・マッシモ劇場《ラ・ボエーム》《椿姫》

豪華キャストで堪能するこれぞ本場の“ホンモノ”

 折からのコロナ禍で公演が中止になった2020年には言葉を失ったが、三度の延期ののちに晴れて実現する。南伊シチリア島の州都、パレルモのマッシモ劇場の日本公演である。

 オペラは欧米の芸術で、イタリア・オペラならイタリアの伝統に根ざしていることはいうまでもない。だから時折、本場が提供する“ホンモノ”に触れていないと、正しい味わいを忘れかねない。3年を超えたコロナ禍を経て、あらためて痛感している。

 だから、欧州の劇場の先頭を切ってパレルモ・マッシモ劇場が来日してくれるのは、このうえなくうれしい。ここはイタリアを代表する劇場の一つで、筆者自身、何度も現地を訪れてはその水準の高さに唸らされてきた。

 そして今回、パレルモで上演されたばかりのザ・イタリア・オペラの2演目、プッチーニ《ラ・ボエーム》とヴェルディ《椿姫》が、現地のキャストをさらに豪華にして日本に持ちこまれる。

4人のキャストが万全

 まず《ラ・ボエーム》では、イタリアを代表するスター・テノールで、自他ともにあのパヴァロッティの後継と認めるヴィットリオ・グリゴーロが注目される。事実、晩年のパヴァロッティから直接の薫陶を受けたグリゴーロのロドルフォは、声の輝きも表現力も比類ない。かつて一世を風靡したアンジェラ・ゲオルギュー(ソプラノ)のミミとのコンビが話題で、この2人による《ラ・ボエーム》は、筆者にとっては十余年前、ミラノ・スカラ座で感涙を禁じえなかったのが忘れがたい。

 主役2人だけでなく、たとえばムゼッタ役のジェッシカ・ヌッチオ(ソプラノ)は、やわらかい声による端正な正統的歌唱で、コロラトゥーラのテクニックも万全。マルチェッロ役のフランチェスコ・ヴルタッジョ(バリトン)も正統的ベルカントを学び、歌に品格がある。キャストは幾重にも抜かりがない。

 びわ湖ホール公演は主役2人が異なるが、ミミを歌うフランチェスカ・マンゾは、若い世代の歌手でミミを聴くならこの人、というソプラノ。すでに昨年、兵庫県立芸術文化センターでミミを披露して高評価を得ているが、イタリアの舞台となれば、ますます水を得た魚となるのはまちがいない。

完全無比のヤオで聴くヴィオレッタ

 そして《椿姫》。アルバニアで生まれイタリアで学んだエルモネラ・ヤオ(ソプラノ)のヴィオレッタは、絶対に聴き逃せない。以前、英国ロイヤル・オペラ・ハウスで彼女がこの役を歌う映像を観て、驚いたのが忘れられない。細部まで徹底的に彫琢した工芸品のように精巧な歌を聴かせながら、あまりにも深く役に没入し、さりとて、どんなに感情をこめても歌はけっして崩れないという完全無比のヴィオレッタだった。しかし聴く側はそうはいかない。涙と嗚咽で顔は崩れっぱなしになってしまう。

 アルフレード役を歌うフランチェスコ・メーリは、ミラノ・スカラ座の事実上のプリモ・テノールである。スカラ座がここ一番で上演するヴェルディのオペラでは、多くの場合、主役級のテノールはメーリに託されてきた。そのエレガントで風格のある歌唱を聴けば、それも当然だと思わされる。ノーブルな美声が魅力のアルベルト・ガザーレ(バリトン)のジェルモンも当たり役だ。その歌唱は近年、とみに深みを増している。

 2演目とも指揮棒を振るのは、ナポリ生まれのフランチェスコ・イヴァン・チャンパ。イタリア・オペラの勘所を深く理解し、歌手の生理にも精通しているため、歌い手からの信頼も厚い。

 理想の配役を得た本場のホンモノに触れ、ぜひ目と耳をリフレッシュしてほしい。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2023年5月号より)

《ラ・ボエーム》
2023.6/15(木)18:30、6/17(土)15:00 東京文化会館
6/22(木)18:30 びわ湖ホール
《椿姫》
6/16(金)18:30、6/18(日)15:00 東京文化会館
6/20(火)18:30 高崎芸術劇場
6/25(日)15:00 大阪/フェスティバルホール
問:コンサート・ドアーズ03-3544-4577(6/25以外)
  キョードーインフォメーション0570-200-888(6/25のみ)
https://concertdoors.com
※配役などの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。