3月23日、東京文化会館の2023年度主催事業公演ラインアップ記者懇談会が実施された。音楽監督就任2年目を迎えた野平一郎らが出席し、事業内容に関する説明を行った。
「創造発信」「教育普及」「人材育成」という3つの柱を軸に、毎年多彩な事業を展開している東京文化会館。1本目の柱「創造発信」で注目すべきは、クラシックと他ジャンルのコラボレーションによる実験的な舞台芸術作品を発信する「舞台芸術創造事業」。12月16日に上演される「現代人形劇×クラシック音楽『曾根崎心中』」では、クラシック音楽のメロディに乗った人形劇として生まれ変わった日本古典の名作を味わうことができる。脚本・人形劇俳優の平常(たいら じょう)、選曲・チェリストの宮田大のコンビは東京文化会館では定番となっている。同コンビの公演を見た後に、それぞれのファンでもう一人のアーティストの公演にも足を運ぶようになった人たちもいるほど、そのインパクトは絶大のようだ。24年1月13日開催の現代音楽プロジェクト『かぐや』は、第1部・室内楽、第2部・舞台作品の二部構成。後半での、フランスで話題の作曲家ジョセフィーヌ・シュテファンソンに委嘱した新曲と、日本を代表するダンサー森山開次によるダンスとのコラボレーションは見逃せない。前半でもフィンランド出身の現代作曲家のカイヤ・サーリアホらの作品が取り上げられ、「現代の音楽に対しても目を向けていかなければならない」と語る野平の意向とピッタリとマッチした取り組みといえるだろう。
2本目の柱「教育普及」では、21年度より開始された「シアター・デビュー・プログラム」が興味深い。これまで東京文化会館は、「3歳からの楽しいクラシック」や「ミュージック・ワークショップ」などで未就学児を対象にした公演を積極的に実施してきた。「シアター・デビュー・プログラム」は、これらの公演に参加して成長した青少年に向けた舞台作品を制作・上演することをコンセプトにしている。本年度は小学生を対象とした音楽劇『シミグダリ氏または麦粉の殿』(音楽監督:新垣隆)、中高生に向けた『ラヴェル最期の日々』(音楽監督:加藤昌則)の2作品が上演される。また、年齢だけにとどまらずあらゆる人に対して開かれたコンサート「リラックス・パフォーマンス」も注目の取り組み。発達障害や自閉症などでホールでの音楽鑑賞に不安がある人に向け照明を完全に暗くせず十分なパーソナルスペースを確保する、聴覚障害や聴こえに不安がある方に向け体感音響システム付きの座席を導入するなど、すべての人が安心して楽しめるコンサートを目指している。
3本目の柱「人材育成」では、やはり「東京音楽コンクール」が見逃せない。これまで北村朋幹(ピアノ)や上野通明(チェロ)、吉村結実(オーボエ)など名だたる奏者を輩出し、若手音楽家の登竜門となっている同コンクール。今回はピアノ、弦楽、木管の3部門が実施され、野平が総合審査委員長を務める。入賞者に同会館の主催事業に出演する機会が多数提供されるのが同コンクールの特徴。「《響の森》コンサート」や「夏休み子ども音楽会」のソリストとして東京都交響楽団との共演が予定されており、コンクールが終わっても入賞者の歩みを追って楽しむことができる。
質疑応答では、クラシック音楽が長年抱える「聴取層の高齢化」という問題に対する見解を求める質問も飛び出した。野平は「われわれの世代が『いいな』と思った芸術作品が次の世代に受け継がれていく“世代の鎖”を途絶えさせないことが大切だと考えています。そして、この“鎖”を創っていくことが、われわれのようなホール・会館の主催事業にとって要になると思います」と答えた。様々な趣向を凝らした公演で“鎖”をつむぎ続けていく東京文化会館の取り組みに期待が高まる。
東京文化会館
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