工藤あかね(ソプラノ)& 廻由美子(ピアノ)

世界初録音! デュオで描くシェーンベルクの傑作の新たな“かお”

 ソプラノの工藤あかねとピアノの廻由美子のデュオが、シェーンベルク「月に憑かれたピエロ」のエルヴィン・シュタインによるピアノ・リダクション版をリリースした。これが世界初録音ということだが、20世紀初頭の西洋音楽の世界に革新をもたらしたこの作品の、秘められたポテンシャルをあらわにしてみせた名演といっていいだろう。

 録音は今年4月6日から8日にかけて、相模湖交流センター ラックスマンホールで行われたが、録音終了後の9日には同じ会場でコンサートも開催された(ちなみにアルバムには、コンサートの前半で演奏された服部良一作曲の「蘇州夜曲」も収録されている)。廻が主宰する「新しい耳」テッセラ音楽祭でのふたりの「ピエロ」に感銘を受けた同センター館長の松田善彦が、3日間のレコーディングによってコンディションを万全にした上でコンサートを行う、という異例の企画を提案。さらに偶然にも同センターで展覧会が予定されていた浜田澄子の作品が演奏にリンクするということで、コンサート当日は会場に作品を展示。アルバムジャケットにも浜田作品が採用されている。

 編曲を手がけたエルヴィン・シュタインはシェーンベルクの弟子だった人だが、「編曲というのは音を移すのではなく音色を移すこと」と廻が言うように、もっとも重要なのは「どのような音色を描くのか」という点だったようだ。

工藤「この作品はご存知のようにシュプレヒシュティンメをどう実現するか、というのが問題になるところですが、もしシェーンベルクが微分音の書き方を知っていたらそれも使ったに違いないと思えるほど、歌と楽器との関係はシビアに書かれているというのが、ピアノ版で見えてきた点です。厳密な音の下地を作った上でそこから逸脱していくという方法が必要だと感じました」

「ピアノの楽譜を見ていると、ここはモーツァルト、ここにはバッハ、このあたりはスカルラッティのイタリア風の響き、という風に、古典から続く西洋音楽の技術や表現のすべてが入っています。特に工藤さんと最初に話したのはモーツァルトの《魔笛》のイメージ。キラキラとした宝石箱のように繊細な音色が必要な作品です」

 確かに廻のピアノの音色からはグロッケンシュピールやハルモニウムのような響きが聴こえてくるし、そこに重なる工藤の歌唱も非常にインテリジェントでありながら、どこかまだ見ぬ楽園を浮遊するような感覚を漂わせている。「今までの『月に憑かれたピエロ』のイメージとはちょっと違うものを感じていただけたら嬉しい」と工藤は語ったが、この類い稀なデュオがみせてくれているのは、従来の「世紀転換期の狂気や奇怪さを表現している作品」とは違うこの作品の新たな、あるいは奥底に隠されていた“かお”なのかもしれない。
取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ2022年11月号より)

SACD『シェーンベルク:月に憑かれたピエロ』
妙音舎
MYCL-00033
¥3520(税込)