ビルギット・ニルソン賞2022の授賞式が10月18日、スウェーデン・ストックホルムのコンサートホール(Konserthuset)で開催され、カール16世グスタフ国王陛下から世界的チェリストのヨーヨー・マに賞が授与された。賞金はクラシック界最大とされる100万ドル。
同賞は、20世紀最大のドラマティック・ソプラノの一人であったビルギット・ニルソンが生前、自分の死後に遺産をもとに創設するよう指示したもの。クラシック音楽の分野(特にオペラ)において偉大な業績を成し遂げた指揮者、歌手、団体に授与される。おおむね3〜4年に1回開催され、今回が5回目。過去にはプラシド・ドミンゴ(2009年)、リッカルド・ムーティ(2011年)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(2014年)、ニーナ・ステンメ(2018年)が受賞してきた。
これまで同賞はオペラの分野で高い業績のあったアーティストや団体に授与されてきたが、今回は初の器楽奏者の受賞となった。それはニルソン自身が、当初はオペラの分野から選ぶけれども、いずれはそれ以外の音楽家にも拡げたい、と生前話していたことを反映した選考委員会の判断だという。。
今回ヨーヨー・マが同賞を受賞したのは、世界的なチェリストとしての比類ない業績はもちろんだが、彼の音楽家としての全人的な生き方も評価されたと思われる。シルクロード・プロジェクトをはじめ他ジャンルのアーティストとの多くのコラボレーションを長年行い、また近年では、目下進行形のバッハ・プロジェクトなど、クラシック音楽を出発点とした対話型のプロジェクトも展開してきた。その根底にあるのは、音楽家として社会にどう貢献できるかという問いであり、彼はそれについてつねに考え、行動に移してきた。
受賞スピーチにおいてヨーヨー・マは次のように語った。
「残念ながら私はビルギット・ニルソンと実際にお会いする機会はありませんでしたが、(…)今回この賞をいただき、その偉大なお名前と並んで言及していただけること、さらには過去の受賞者の方々——それぞれアーティストとして高い文化的業績を挙げ、社会に貢献してこられた——の仲間に入れていただけることを恐縮するとともに光栄に思っています。(…)これを機に、ビルギット・ニルソンが大切にしていた人生の価値観、すなわちつねに喜びを持ち、ユーモアの精神を忘れず、そして大地に根ざして人々およびこの地球と調和を保ちながら生きるということを、私自身も実践することをお約束いたします」
ところで、同賞を運営するビルギット・ニルソン財団は当初独立した民間団体であったが、2019年にスウェーデン王立音楽アカデミー(1771年にグスタフ3世によって設立された由緒ある学術団体)に運営が移譲され、今回が新会長スザンヌ・リディーン(ソプラノ歌手)のもとでの初の授賞式開催となった。
式典では、ヨーヨー・マの栄誉を讃えるべく、地元スウェーデンの音楽家たちが結集した。初めにパトリック・リングボリ指揮王立ストックホルム・フィル、スウェーデン放送合唱団、王立歌劇場合唱団が合同で、《タンホイザー》より「客人たちの入場」を演奏。そのほか、ヒューゴ・アルヴェーンの「スウェーデン狂詩曲第1番」、アンダース・ヒルボーグのチェロ協奏曲からの抜粋(独奏アマーリエ・スタルハイム)、そしてR.シュトラウスの《ばらの騎士》の三重唱が演奏された。三重唱を歌った歌手のうち、エマ・スヴェンテリウス(Ms)、ヨハンナ・ヴァルロート(S)はいずれもビルギット・ニルソン奨学金(財団とは別組織)を受賞している活躍中の歌手である。
とかく賞金の額の大きさが話題になりがちな賞だが、今回の授賞式ではビルギット・ニルソンの理念が次の世代の音楽家にどう受け継がれているのかを浮き彫りにし、またヨーヨー・マにその理念が受け継がれていくことが確信できた、意義深い機会であった。授賞式の動画は下記で視聴できる。
PRISCEREMONI BIRGIT NILSSON PRIZE 2022
https://www.konserthuset.se/play/prisceremoni-birgit-nilsson-prize-2022/
取材・文&写真=後藤菜穂子/ストックホルムにて
Birgit Nilsson Prize
https://birgitnilsson.com/prize/en/home-birgit-nilsson-prize