日本の皆さまとの再会は大きな喜びです
アンドリス・ネルソンス&ボストン交響楽団が、今秋日本公演を行う。同楽団の音楽監督とライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター(楽長)を務めるネルソンスは、もはや世界のトップ指揮者の一人と言って間違いない。
「私の時間は、主にボストンとライプツィヒに分かれています。ただ特に決まった割合はなく、ウィーン・フィルやベルリン・フィルなど以前から共演してきたパートナーや、より最近ではバイロイト祝祭管らとの仕事もバランスよく組み込むようにしています。これまでスタッフの皆さんの協力もあってうまくやってきたと思っていますよ。それに2017年から2つの楽団の間にユニークな提携関係が結ばれ、共同委嘱や奏者もしくは楽団全体の相互訪問を行っていますし、最近では両楽団の演奏によるR.シュトラウスの主要管弦楽作品のボックスセットをドイツ・グラモフォンから共同でリリースしました。なので私はこのパートナーシップをとても誇りに思っています」
ボストン響は140年以上の歴史を誇るアメリカ屈指の名門だ。
「ボストン響は、豊潤で温かみがあり、フレキシブルで透明な音色で特に知られています。アメリカでもっとも歴史の古いオーケストラのひとつとして、ヨーロッパ音楽の伝統の影響を示すと同時に、そのレガシー、組織の構成、レパートリーは、アメリカのオーケストラの特色も反映しています。楽員たちはもっとも高い芸術的水準に到達しており、お互いに息がぴったり合い、どんな難しい曲にも立ち向かえます。またアンサンブルの最大の特徴は、幅広い作品のニュアンスにコミットする能力でしょう。ショスタコーヴィチ、マーラー、R.シュトラウスの音楽は、彼らの柔軟性を示す好例です。それにこれまでの数シーズンのコラボレーションを通して、私たちは互いの関係と信頼を深めてきました。そのケミストリーは聴衆にも感じていただけていると思います」
当コンビの日本公演は2017年以来5年ぶり。しかもコロナ禍以降では初のアメリカのオーケストラの来日公演となる。
「世界は、パンデミックや私たちの生活を脅かす多くの問題によってまったく変わってしまいました。ここ数年、私たちは多くの犠牲を強いられてきましたので、日本の皆さんとの再会はとてもエモーショナルなものになるでしょう。舞台上の奏者たちも観客の皆さんも、生の演奏で心をひとつにすることの力に、今まで以上に感謝するようになっていると思います」
プログラミングにも力が込められている。
「各プログラムのメイン曲は、どれもが作曲家にとってきわめてパーソナルでありながら、作曲のきっかけは異なっています。シュトラウスの作品は彼の実際の経験にインスパイアされたもの、ショスタコーヴィチの作品は自分の芸術家としての将来に対する攻撃への反論、そしてマーラーはおそらく自分の死について思いをめぐらせていたのでしょう。ボストン響のこれらの作曲家の作品解釈には特別なものがあり、それぞれの名作のもつ様式感、感情、物語性を引き出そうという強いコミットメントが表れています」
ではメインの各曲に関するコメントを。まずはマーラーの交響曲第6番「悲劇的」から。
「私が初めてボストン響と共演したのは2011年のカーネギーホール。急な代役としてマーラーの交響曲第9番を指揮しました。そのとき彼らがマーラーの音世界に対する深い親和性をもつことを実感し、マーラー音楽の力強い解釈者としての評判の高さに納得したことをよく覚えています。第6番は、私がボストン響の音楽監督としての最初のシーズンに何回も指揮した曲。非常に心動かされる作品で、始まりも終わりも同じ短調で、フィナーレには有名なハンマーの打音が含まれます。マーラーはハンマーの音を用いることにより、ある意味では自身の『悲劇的』な将来を先取りしているともいえます。確かに、このあと彼の人生は、ウィーン宮廷歌劇場の職からの解任、健康状態の悪化、そして娘の死という大きな打撃に直面したのです」
次いでショスタコーヴィチの交響曲第5番。
「ショスタコーヴィチの交響曲全曲録音は、現在進行形のボストン響とのプロジェクトのひとつで、とても評判がよく、何枚かはグラミー賞を受賞しています。第5番は彼の交響曲の中でもっとも有名ですが、それは政治的な意味だけでなく、力強さと勝利がうたわれているからです。この曲は、スターリン政権下のソ連当局の攻撃に対する彼の回答であり、批評家と観客の反応に自身の将来がかかっていたわけですが、どちらもこの作品を高く評価しました。曲のわかりやすさ、楽観性、古典的な構造に風刺的な意図があったのか否かは議論のあるところですが、曲の成功がショスタコーヴィチに及ぼした影響は否定できません。この曲は、スターリン政権下で多くのアーティストたちがたどった運命から、彼を救ったのでした」
そしてR.シュトラウスの「アルプス交響曲」。
「シュトラウスの実質的な最後の交響詩であり、同時にもっとも優れた作品と言ってよいかもしれません。この曲は、音楽以外の事象を描写する彼の能力の高さを示す好例です。それはニーチェの哲学に基づいていると同時に、若き日の彼自身の実体験にも基づいています」
他も興味深い作品ばかりだ。
「ショウの『Punctum』(日本初演)は、ボストン響が最近委嘱した作品のひとつです。ショウはピューリッツァー賞を受賞したアメリカ人女性作曲家。我々が今年7月にタングルウッドで、この作品の新しい管弦楽版を初演しました。バッハに想を得た本作はもともと弦楽四重奏のための曲ですが、今回改訂されました。内容は『マタイ受難曲』のひとつのモーメントをめぐる瞑想と考えることができます。このほかに、ベートーヴェンのピアノ協奏曲『皇帝』を、世界最高のピアニストの一人である内田光子氏と演奏します。これは彼女との複数年かけてのベートーヴェン・コラボレーションの一環。ベートーヴェンの音楽語法への造詣が深い内田氏と共演できることは大きな喜びであり、私たちもきっと彼女から多大なインスピレーションを受けることでしょう。また、モーツァルトの交響曲第40番も演奏しますが、この曲はベートーヴェンおよびロマン派の時代の激しい感情表現を予見しているように思えます」
最後に日本のファンへのメッセージを。
「ボストン響と再び演奏旅行にでかけることができ、いつも温かく迎えてくれて、真摯に耳を傾けてくれる日本の聴衆の皆さんのために演奏できることは大きな喜びです。ここ数年の出来事は私たちに、人生の贈り物に感謝することを教えてくれました。日本を再び訪れるにあたっても、私たちはそうした気持ちでいます。音楽の素晴らしさを心から分かち合い、またこの美しい国の人々と文化の宝を楽しみたいと思います」
取材・文:柴田克彦
【Profile】
2014/15シーズンよりボストン交響楽団の第15代音楽監督に就任、18年2月にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター(楽長)にも就任した。ボストン響とは、ショスタコーヴィチ交響曲全曲録音のプロジェクトを行っており、これまでに3つのグラミー賞を獲得。
20/21シーズンは、COVID-19パンデミックの中で、ボストン響の配信プラットフォーム「BSO NOW」を通じて配信された、シンフォニーホールにて収録の15公演のうち、6公演で同楽団を指揮。20年1月にはウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを指揮し、その様子は世界中に届けられた。
【Information】
アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団
2022.11/13(日)16:00、11/14(月)19:00、11/15(火)19:00 サントリーホール
出演/アンドリス・ネルソンス(指揮)、ボストン交響楽団、内田光子(ピアノ/11/14)
曲目/
[11/13]
マーラー:交響曲第6番 イ短調
[11/14]
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 op.73「皇帝」
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 op.47「革命」
[11/15]
ショウ:Punctum(オーケストラ版)
モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550
R.シュトラウス:アルプス交響曲 op.64
問:サントリーホールチケットセンター0570-55-0017
https://suntoryhall.pia.jp/
他公演
2022.11/9(水) 横浜みなとみらいホール(045-682-2000)[11/13と同プログラム]
11/10(木) 京都コンサートホール(075-711-3231)[11/15と同プログラム]
11/11(金) 大阪/フェスティバルホール(06-6231-2221)[11/14と同プログラム]