新国立劇場 2年半越しの《ジュリオ・チェーザレ》で開場25周年シーズン開幕

洗練され、洒脱で、最高に刺激的なバロック・オペラ

左:マリアンネ・ベアーテ・キーランド(ジュリオ・チェーザレ)
左手前より:駒田敏章(クーリオ)、マリアンネ・ベアーテ・キーランド(ジュリオ・チェーザレ)、加納悦子(コルネーリア)、金子美香(セスト)、ヴィタリ・ユシュマノフ(アキッラ)

 新国立劇場のオペラパレスで上演される初のバロック・オペラ――。大きな期待を背負って稽古も順調に進んでいたヘンデルのオペラ《ジュリオ・チェーザレ》は、2000年3月、初日の2週間前に上演中止になった。コロナ禍によるその後の、音楽や舞台芸術が置かれた苦況については、いまさら言うまでもない。それから2年半、パリに戻した大がかりな舞台装置をふたたび東京に運び、やっとリベンジの時を迎えた。最終総稽古(ゲネラルプローベ)を取材したが、出演者や演奏者をふくめ関係した人たちの無念は、前向きな強い力になって昇華されていた。公演日は10月2日、5日、8日、10日。
(2022.9/30 新国立劇場 オペラパレス 取材・文:香原斗志、写真:編集部)

左:加納悦子(コルネーリア) 右:金子美香(セスト)
左:森谷真理(クレオパトラ) 右:藤木大地(トロメーオ)
左より:村松稔之(ニレーノ)、森谷真理(クレオパトラ)、マリアンネ・ベアーテ・キーランド(ジュリオ・チェーザレ)、駒田敏章(クーリオ)

 主人公チェーザレとは、ローマの政務官ユリウス・カエサルのこと。彼は政敵ポンペーオをエジプトまで追うが、ポンペーオはエジプト王トロメーオに殺され、復讐を誓ったその妻コルネーリアと息子セストも捕らえられる。トロメーオの姉クレオパトラは、弟から王位を奪うためにチェーザレに近づき・・・・・・。筋書きはおおむね創作だが、登場するのはほとんどが実在した人物だ。

 序曲から驚かされた。オーケストラ・ピットに入っているのは、テオルボなどの通奏低音部隊を除けばモダン楽器の東京フィルなのに、ノン・ヴィブラートのシャープな音が溌溂と躍動し、古楽オーケストラを聴いているかのような錯覚に陥った。指揮はバロック音楽の第一人者として名高いリナルド・アレッサンドリーニ。

手前左より:駒田敏章(クーリオ)、マリアンネ・ベアーテ・キーランド(ジュリオ・チェーザレ)、藤木大地(トロメーオ)、ヴィタリ・ユシュマノフ(アキッラ)

 筆者は、この指揮者がモダン・オーケストラを指揮するのを聴くのは初めてだったが、この名匠の手にかかると、バロック時代と同様のピリオド楽器を使うか、モダン楽器を使うか、迷う必要すらないという気になる。作品にふさわしい響きとリズムが表現されればよく、その意味で十分という言葉では不十分なほど、納得できる演奏だった。

 また、フランスのロラン・ペリー演出の舞台が、じつに気が利いている。2011年にパリ・オペラ座で初演されたこの舞台では、物語は博物館の展示室の裏で展開し、冒頭で棚に並べられた彫像が合唱していて、いきなり驚かされた。カエサルの石像が運ばれてきて、その前でチェーザレが最初のアリアを歌う。

中央左:マリアンネ・ベアーテ・キーランド(ジュリオ・チェーザレ) 右:森谷真理(クレオパトラ)
左:加納悦子(コルネーリア) 右:藤木大地(トロメーオ)

 カエサルやクレオパトラの時代のローマやエジプトの遺物は、博物館の定番である。ペリーはそこにヒントを得て、その時代のものが多く並ぶ博物館で、呼び覚まされた魂たちがドラマを繰り広げるような設定にした。しかも、ポンペーオの首がはねられたと知らされる場面では、ポンペイウスの石像の首が修復のために運ばれ、チェーザレがポンペーオの骨壺を眺めながら命のはかなさを歌う場面には、古代の壺が置かれる。クレオパトラは巨大なエジプトの石像に乗って登場する。芸が細かいのだ。

 古代ばかりではない。17世紀のフランスの画家クロード・ロラン風の、古代の建物がある理想風景の絵の前では、クレオパトラはバロック時代の衣裳になり、同様にバロックの衣裳に身を包んだ女性たちがバンダとして登場し、ピリオド楽器を奏でる。さまざまな時代の文化財が収蔵される博物館内では、時代の間の行き来も自在だ。冴えたアイディアを経て、ドラマが博物館に違和感なく溶け込む。洒脱な演出といえばペリーで、筆者自身、これまでに彼が演出した舞台を数多く観たが、そのなかでも屈指のものだと断言する。

 チェーザレ役のマリアンネ・ベアーテ・キーランド(メゾソプラノ)は、第1幕は声が小さくアジリタの敏捷さにやや欠けると感じたが、ゲネプロなので省エネで歌ったか、声が温まっていなかったか、その両方だったのか。次第に各音域ともクリアに鳴りはじめ、アジリタも鮮やかになっていった。

 クレオパトラの森谷真理(ソプラノ)はバロック歌いではないが、色彩豊かな歌唱で魅了した。たとえば第3幕、チェーザレが死んだと信じて涙を流して歌う緩・急・緩アリアでは、緩の部分で美しいメロディをニュアンス豊かに歌い上げ、「亡霊になって暴君を苦しませる」と歌う急の部分は、豊かな声で力強いアジリタを聴かせ、鮮やかな歌い分けに貫禄が感じられた。

 トロメーオを演じる藤木大地(カウンターテナー)は、アジリタの敏捷性はともかくも、艶のあるなめらかな声がいい。アキッラを歌ったヴィタリ・ユシュマノフ(バリトン)の切れ味がある歌、ニレーノを歌った村松稔之(カウンターテナー)の柔軟な歌い回しも印象に残った。

 アレッサンドリーニが導く管弦楽は最後まで引き締まり、煌びやかな音で弾みつづけた。休憩を入れて4時間半の長丁場だが、この管弦楽を聴いているだけでも、耳に刺激が持続し、気持ちが弛緩する暇さえなかった。

左より:ヴィタリ・ユシュマノフ(アキッラ)、村松稔之(ニレーノ)、金子美香(セスト)、マリアンネ・ベアーテ・キーランド(ジュリオ・チェーザレ)

新国立劇場 2022/23シーズン
ヘンデル《ジュリオ・チェーザレ》(新制作)

(全3幕、イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)

2022.10/2(日)14:00、10/5(水)17:00、10/8(土)14:00、10/10(月・祝)14:00
新国立劇場 オペラパレス


指揮:リナルド・アレッサンドリーニ
演出・衣裳:ロラン・ペリー
美術:シャンタル・トマ
照明:ジョエル・アダム

ジュリオ・チェーザレ:マリアンネ・ベアーテ・キーランド
クーリオ:駒田敏章
コルネーリア:加納悦子
セスト:金子美香
クレオパトラ:森谷真理
トロメーオ:藤木大地
アキッラ:ヴィタリ・ユシュマノフ
ニレーノ:村松稔之

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/giuliocesare/