沼尻竜典オペラセレクション NISSAY OPERA 2022
ロッシーニ 歌劇《セビリアの理髪師》

シリーズ最後を締めくくるオペラ・ブッファの名作

 この15年、指揮者・沼尻竜典はびわ湖ホールの芸術監督として腕を振るい、日本オペラ界の「西の雄」に。ワーグナーの大作上演など大きな話題を呼び、全国のオペラ・ファンを湖畔の大劇場に集めてきた。

 その沼尻が惜しくも来年3月で退任。しかし、11月には、「沼尻竜典オペラセレクション」シリーズ最終作として、ロッシーニ《セビリアの理髪師》を振るという。こちらは同シリーズの15作目だが、日生劇場との提携公演なので東京では披露済み。軽やかなタクトと歌手の熱演が大評判になった。

左より:沼尻竜典、粟國淳、須藤慎吾、黒田祐貴

 《セビリアの理髪師》と言えば、オペラ・ブッファ(イタリア語の喜劇オペラ)の頂点に輝く名作。世界初演の1816年から上演は途切れない。物語は、青年伯爵(テノール)と貴族層の娘ロジーナ(メゾソプラノ)の恋を「市民の申し子」理髪師フィガロ(バリトン)が取り持ち、娘の財産を狙う後見人バルトロ(バス)を出し抜いて、無事結婚させてやるというもの。モーツァルトの《フィガロの結婚》の前日譚でもある一作なのだ。

 本作には、音楽面で注目すべき点が二つ。一つは、「早口の歌」。フィガロの登場のアリア〈私は街のなんでも屋〉は、鼻歌の「ラ・ラ・ラ・レッラ」に始まり、大量の歌詞を猛烈なスピードで歌い繋ぐことで庶民層の勢いを露わにする。どこの国でも貴族はおっとりと振る舞うが、それとは対照的な元気いっぱいのフィガロにはスピーディーな音運びが相応しい。知恵で世渡りする男の活力を聴く一曲である。

左より:中井亮一、小堀勇介、富岡明子、山下裕賀 (c)深谷義宣/auraY2

 そしてもう一つが「華やかなコロラトゥーラ」。こちらは、一つの言葉に何十個もの音符を宛てがい、幅広い音域を駆け巡って歌う声の技。ロッシーニの時代、オペラの大きな役にはみな、難しいコロラトゥーラが与えられていた。《セビリア》第2幕でも、カップルが駆け落ち前に愛のコロラトゥーラを延々と歌うので、呆れたフィガロがやけになり、思わず一緒に歌い始める場面が秀逸。劇中でもっとも笑いを呼ぶ一節である。

 それゆえ、今回の公演も、卓抜したテクニックを有する歌い手が顔を揃えている。フィガロ役は逞しい須藤慎吾と溌溂たる黒田祐貴。伯爵役は、中井亮一と小堀勇介。どちらも超高音が得意なロッシーニ歌いである。そして、ロジーナ役では滑らかな声音の富岡明子と豊かな響きの山下裕賀が競演。演出は、沼尻が信頼する粟國淳が担当し、合唱団(C.ヴィレッジシンガーズ)をふんだんに動かして、くすくす笑える仕掛けが幾つも盛り込まれる。日本センチュリー交響楽団も、序曲や第2幕の〈嵐の場〉を活き活きと演奏するだろう。

 ちなみに、この《セビリア》、1970年代まで、歌が難しすぎて省かれるページが多かった。でも、ここ半世紀で歌唱技術が急速に向上し、今ではほとんどカット無しの上演が一般的。今回も、名歌手たちが「もっとも難しい声の技」を「しごく平然と」やってのけ、かつ、自然な所作で客席を掴むに違いない。このステージの面白さは、オペラ初体験の方にも十分届くはず。公演が待ち遠しい。
文:岸純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2022年10月号より)

2022.11/26(土)、11/27(日)各日14:00 びわ湖ホール 大ホール
問:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136 
https://www.biwako-hall.or.jp/