アントン・ナヌート(指揮) 紀尾井シンフォニエッタ東京

“幻”から超王道をいく真の巨匠へ

アントン・ナヌート (C)Tadej Majhenic
アントン・ナヌート (C)Tadej Majhenic

 「実在しないのでは?」とさえ言われていた“伝説の指揮者”アントン・ナヌートが、2009年紀尾井シンフォニエッタ東京の定期に登場したとき、ファンはみな驚いた。
 1932年スロヴェニア生まれの彼は、同国各楽団のシェフを歴任したほか、約200の国外オケに客演し、約150タイトルのCDを録音している大家だが、当時はCDに名を残すのみで、実像が全く伝えられていなかった。ところが、現実に姿を現しただけでなく、室内オーケストラの緻密さとフル・オーケストラのような重厚なスケール感を共生させた見事なベートーヴェンを披露したのだ。
 そして2013年に再登場。ブラームスの交響曲第4番他の名演で、真の巨匠ぶりを示し、82歳を迎える今年9月、3度目の客演に至る。
 今回は、ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番と「英雄」交響曲に、シューベルトの「未完成」交響曲を挟んだ、これ以上ない王道プログラム。初登場時に「運命」などで聴衆を魅了したベートーヴェンへのさらなる期待も、むろん大きい。ナヌートの特徴は、推進力を保った運びの中で、味わいや重厚さを表出していく点。「英雄」では、曲調からその魅力が全開となり、「未完成」では、前回の「ジークフリート牧歌」で示した“淀みなく流れる繊細で瑞々しい歌”が、新鮮な効果を発揮するに違いない。さらに、ハイクオリティのアンサンブルと800席の会場とが相まって、大ホールでの演奏で耳慣れた楽曲の、“細かな綾”をリアルに感知できる点が、貴重かつ贅沢だ。
 リピーターはもちろん、前2回を聴き逃した人は今度こそ、巨匠ナヌートの音楽を生で体験したい。
文:柴田克彦
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年8月号から)

第96回 定期演奏会
9/19(金)19:00、9/20(土)14:00 紀尾井ホール
問:紀尾井ホールチケットセンター03-3237-0061 
http://www.kioi-hall.or.jp