佐渡裕芸術監督が語る《ラ・ボエーム》の魅力とは? 稽古場レポート Vol.1

佐渡裕・兵庫県立芸術文化センター芸術監督プロデュースオペラの17作目となる新制作、プッチーニ 歌劇《ラ・ボエーム》(指揮:佐渡裕、演出:ダンテ・フェレッティ)が、いよいよ7月15日に開幕。去る6月16日に行われた、東京でのインタビューと稽古場取材の模様を、2回にわたってお届けします。
(2022.6/16 東京都内スタジオ)

取材・文:岸純信(オペラ研究家) 撮影:寺司正彦

佐渡裕

 「青春群像劇のオペラ」と呼ばれる《ラ・ボエーム》(初演:1896年、トリノ)。19世紀前半のパリを舞台に、4つの幕が、4枚のタブロー(絵画)のように人間模様を映し出す、イタリア・オペラの名作中の名作である。
 物語は、下町カルチェラタンに暮らす貧しい若者たちの共同生活に始まり、お針子と歌の上手い美女といった二人の女性も加わって、みなで賑やかに過ごすのだが、身体の弱いお針子ミミが恋人の詩人ロドルフォに看取られて亡くなる幕切れでは、人の死を経験した本物の大人として、それぞれが新しい一歩を踏み出すのである。
 実は、このドラマは、作曲者プッチーニの実体験とも重なるもの。ミラノで苦学生として過ごした彼は、年下のマスカーニ(のちに歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》で成功)と共に、一年ほど下宿で同じ部屋に住み、節約したお金でワーグナーの《パルジファル》の楽譜を買って、二人で代わりばんこに読んで勉強したという。音楽に漲る躍動感や切なさは、すべて、プッチーニが自分で経験した人生のひとこまを投影するものなのだ。

兵庫県立芸術文化センター (c)飯島隆

 この7月、兵庫県立芸術文化センターで、《ラ・ボエーム》の指揮台に立つ佐渡裕は、この名作に人一倍心を寄せるマエストロ。自らの若き日の思い出と重ねる形で、まずは口を開いてくれた。
「若い頃はみな、夢はあってもお金はないですね。僕も、京都市立芸大でフルートを吹いていた19歳の頃、指揮者になりたいと思い、いろんな先生に弟子入りを志願したんです。でも、ことごとく断られた。しかし、ただ一人、故・手塚幸紀先生だけが『見学に来るかい?』と仰ってくださり、大阪の御堂筋にあった関西二期会の稽古場に伺いました。ちょうど《魔笛》のリハーサルが行われていました。すると、演出の鈴木敬介先生が『君、背が高いね。何センチ?』と言われ、『187cmです』と答えたら、『僧侶の役をあげるから最前列に立ちなさい』といきなり言われて、見学初日に舞台デビューですよ(笑)。もともと児童合唱団の出身なので歌は歌えて、大きな声も出たし。そのうち、副指揮者として仕事もいただけるようになりました」

 この副指揮者時代の6年間が、マエストロ佐渡を大きな未来へと繋ぐ。
「副指揮者と言えば、誰よりも早く稽古場に来て机を片付けることから始まって(笑)。そうした雑用をこなしながら勉強し、振らせてもらう機会を得るのですが、まあ時間がかかりましたよ。ギャラも本当に安くてね。京都から大阪まで電車で通い、休憩の1時間に晩飯を食えばそれで足が出てしまう。でもたくさんの経験を積みました。そして、正指揮者になり、関西二期会の《蝶々夫人》本公演で振らせていただいたのですが、演出の栗山昌良先生は本当に怖かった(笑)。でも、今では、電話でお話しできる間柄です」

 その《蝶々夫人》で指揮者佐渡裕はプッチーニのオペラに開眼。今回の《ラ・ボエーム》に至る。
「《蝶々夫人》の音楽に圧倒されてのめり込んで…その後《三部作》や《トスカ》も指揮して今回の《ラ・ボエーム》に至りましたが、このオペラでもオーケストレーションが実に素晴らしいですよ。ここでのプッチーニは、楽器の音色作りに特に拘っています。ピッコロとトランペットの組み合わせとかね。あと、ハープが本当に弾きっぱなし。こんなにハープが弾き続けるオペラってあったっけと思うほどです。全体的に管も弦も重厚ですが歌声を消さないし、第1幕や第4幕の男たちの悪ふざけや、第2幕の群衆シーンの贅沢さなど、活気に満ちた場面が多い一方で、第3幕ではいきなり、厳冬の早朝の場になります」

稽古場にて

 この第3幕冒頭には、ハープとフルートが完全五度の和音で平行移動するパッセージがある。これは《ラ・ボエーム》初演当時の楽壇では禁じられていた書法。でもプッチーニは敢えてそれを使い、雪が降り積もる様子を音で見事に表現した。
「それも、若さゆえのひとつの挑戦でしょうね。でも聴いてみると本当に、しんしんとした、凍てつく寒さが伝わってきます。プッチーニって本当に凄いなと思う。終幕の〈ミミの死〉の場でも、楽譜を読んでいるだけで涙ぐんだりね…我々のオペラ公演はPAC(兵庫芸術文化センター管弦楽団)が演奏しますが、このPACもまさに若者たちのオーケストラですから、オペラの世界により共感してくれるでしょう。また、今回の合唱は、プロの歌い手から成るひょうごプロデュースオペラ合唱団の面々に加えて、一般公募の合唱団や児童合唱団の皆さんも参加してくださるので、全部で100名ほど舞台に立ちます。ソリストはダブルキャストで、海外勢中心の組と日本人中心の組がありますが、特に、邦人キャストには《ラ・ボエーム》への出演経験が豊富な皆さんが揃いました。演出は、映画の世界でも高名なダンテ・フェレッティさん。コロナ禍の中でも慎重に稽古して、生の舞台の素晴らしさをお届けできるよう、頑張ります!」

【Information】
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ 2022
プッチーニ 歌劇《ラ・ボエーム》全4幕

(イタリア語上演・日本語字幕付/新制作)

2022.7/15(金)、7/16(土)、7/17(日)、7/18(月・祝)、7/20(水)、7/21(木)、7/23(土)、7/24(日)
各日14:00 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール

演出・装置・衣裳:ダンテ・フェレッティ
指揮:佐渡裕
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団、ひょうご「ラ・ボエーム」合唱団、ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団

出演 
★=7/15、7/17、7/20、7/23 ☆=7/16、7/18、7/21、7/24
ミミ:フランチェスカ・マンツォ★ 砂川涼子☆
ロドルフォ:リッカルド・デッラ・シュッカ★ 笛田博昭☆
ムゼッタ:エヴァ・トラーチュ★ ソフィア・ムケドリシュヴィリ☆
マルチェッロ:グスターボ・カスティーリョ★ 髙田智宏☆
ショナール:パオロ・イングラショッタ★ 町英和☆
コッリーネ:エウゲニオ・ディ・リエート★ 平野和☆
べノア / アルチンドーロ:ロッコ・カヴァッルッツィ★ 片桐直樹☆
パルピニョール:清原邦仁★ 水口健次☆

問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
http://gcenter-hyogo.jp/boheme/