INTERVIEW プラシド・ドミンゴ プレミアムコンサートにかける思い

待ちに待った来日!レジェンドの「今」を目撃!

取材・文:加藤浩子 

(C)Fiorenzo Niccoli

 プラシド・ドミンゴは、音楽界の、いや世界のカルチャーシーンのレジェンドだ。オペラ歌手としてのキャリアはなんと60年に及び、90年代には「三大テノール」の一人として一世を風靡。「オペラ歌手」という存在を世界に認知させた。指揮者、プロデューサーとしても活躍しているのは周知の通り。これほど大きな存在感を誇るアーティストは稀である。

 そのドミンゴが6月、日本にやってくる。最後の来日はパンデミック直前の2020年1月。それから2年5ヵ月、長いトンネルの出口が見えてきた希望を象徴するかのような来日公演だ。

「日本に歌いに行けるのは本当に嬉しいです。皆が長い休止を強いられ、悲しい、先の見えない日々を過ごさなければなりませんでしたが、パンデミックが過去の話になろうとしている今、普通の暮らしに戻れるのはとても嬉しいことです。普通だと思っていた素敵なことが実は当たり前ではなく、なくなることもあるのだとわかり、だからこそ以前より真摯に生きなければならないという自覚を持って“普通”に戻る。そのタイミングでの公演ですから」

 初来日からまもなく半世紀。以来、ある時はオペラの舞台で、ある時は「三大テノール」をはじめとするコンサートで、日本のファンを魅了し続けてきた。

「初めて日本を訪れたのは1976年。NHKのイタリア歌劇団公演で、《カヴァレリア・ルスティカーナ》と《道化師》の舞台に立ちました。その後はスカラ座、メトロポリタン・オペラ、ワシントン・オペラなどの来日公演や、『三大テノール』のコンサートなどで定期的に訪問しています。日本のお客様は温かいし、外国での公演に駆けつけてくださる方もいらして嬉しいですね。日本では何世紀も前からの伝統が現代の驚異的なテクノロジーと共存していて、素晴らしいことだと感じています」

 パンデミックの最中にはコロナにも罹患したが、そのおかげで規則正しい生活が取り戻せたという。
「2020年3月に新型コロナに感染してしまいました。怖い思いもしましたが、今は完全に回復し、再び歌うこと、舞台に立つことができるようになりました。アカプルコにいたのですが、幸いなことに妻や息子一家も一緒でした。療養中には歌はもちろん、今まで時間がなくてあまりできなかったピアノの練習も再開し、体力をつけるために体操にも励みました。規則正しい生活を取り戻して乗り切りましたよ」

2022年5月 ハンガリー国立歌劇場《シモン・ボッカネグラ》のカーテンコールよりプラシド・ドミンゴ(右から2番目)
提供:コンサート・ドアーズ

 近年はテノールからバリトンに転向し、ヴェルディのバリトン役を中心に舞台に立っている。バリトン役の本格デビューはヴェルディ《シモン・ボッカネグラ》のタイトルロールで、目下の最愛の役のひとつ。この6月に予定されていたパレルモ・マッシモ劇場の来日公演でも披露するはずだった。

「《シモン》の主人公は以前から大好きでした。テノールの時はガブリエーレ役を歌っていたわけですが、その当時からシモン役に魅せられていました。実はこの役でキャリアを締め括るのが夢だったんです。
 2009年に友人でもあるダニエル・バレンボイムからベルリンでこの役をやってみないかと誘われました。翌年にはやはりバレンボイム指揮でスカラ座で歌いましたが、直前に大腸癌の手術をしたばかりで、いわば恐怖のどん底からの復活。加えて長いテノール人生の後でバリトンを、それもアバドが指揮し、ストレーレルが演出し、カップチッリをはじめとする名歌手が一堂に会した《シモン》の歴史的な名舞台が人々の記憶に残っているスカラ座でシモンを歌うのですからとても緊張しましたが、ミラノの聴衆が温かく迎えてくれて感激しました。その後、メトロポリタン・オペラやウィーン国立歌劇場など多くの劇場で歌っています。さらにヴェルディの他のバリトンの役も歌うようになり、キャリアの第2段階の幕が開きました。そんなわけで私にとって重要な役ですし、何よりとてもやりがいを感じる役です」

《椿姫》より (C)Brescia-Amisano

 テノール、バリトン両方で歌った役は150を超えるが、役柄を掘り下げる真摯さはバリトン役に取り組んだことで一層深まっている。
「《シモン》でバリトン・デビューを果たしてかれこれ13年になりますが、声が無理なく出せますし、年齢からいっても舞台に立つにはバリトンが合っていると思います。バリトンに転向したおかげで、役柄の解釈の面でも声楽的にも素晴らしい役に取り組むことができました。《マクベス》の主役の心理的な複雑さ、《タイス》のアタナエルの震えるほどの激しさ、《ナブッコ》の主役の暴君としての回心と、父親としての感情の多様で深い陰影。後者は《二人のフォスカリ》の主役や、《椿姫》のジェルモンでさらに深められています。これらの役に取り組むことで演技をさまざまな角度からより深く見直すことができ、自分自身の成長にもつながったと思います」

 二つの声域でキャリアを築けるのは稀有なことに思えるが、ドミンゴの中では矛盾はないようだ。
「私は自分のキャリアを、途切れることのない一本の道だと考えています。学びに終わりはなく、知識は年々蓄積されます。知識という荷物は重く、時代に遅れないためには時に整理する必要もありますが、この荷物は自分だけのもの。テノールの役、とりわけオテロのような、より成熟した人間の心理的にも複雑な役を演じた時に鍛えたものは、私の糧となりました。60年のキャリアの中で私の声は進化し、もちろん時とともに変化もしました。けれど私が私であることには変わりなく、私の声にはまごうことのない私の声としての特徴があります。実年齢により適した役を選ぶことで、私がこれまで持ち続けていた目標、つまり演じているキャラクターに信憑性を持たせ、観客にその感情を伝えられるようにベストを尽くすことができるようになったのです」

 80歳を過ぎてもこのような情熱を持って舞台に立ち続ける、そのエネルギーの源はどこにあるのだろう。
「私自身、一つの作品を歌い切ることができるということがそもそも驚きであり、素晴らしい贈り物だと感じています。観客に対しては大きな責任を負うことになりますが、それは喜びでもあります。観客や家族という人生における宝、そして音楽こそが、私にエネルギーを与えてくれるのです」

アンジェラ・ゲオルギュー (C)Simon Fowler

 今回のプレミアムコンサートでは、スター・ソプラノのアンジェラ・ゲオルギューを共演者に迎え、オペラやサルスエラの名曲を披露する。

「《ドン・ジョヴァンニ》《マクベス》《アンドレア・シェニエ》《カルメン》といった名作オペラのアリアや二重唱に加え、スペインの音楽劇であるサルスエラの名曲も予定しています。サプライズもあるので、どうぞお楽しみに。
 輝かしいキャリアと魅力を備えたカリスマ的なスターのアンジェラ、そして若く優秀なイタリアの指揮者フランチェスコ・イヴァン・チャンパと一緒に、みなさまに素敵な時間をお届けできるようベストを尽くします!」

【Information】
ドミンゴ&ゲオルギュー プレミアムコンサート
2022.6/16(木)18:30、6/19(日)15:00 東京文化会館
2022.6/23(木)18:30 びわ湖ホール


出演
プラシド・ドミンゴ
アンジェラ・ゲオルギュー
指揮:フランチェスコ・イヴァン・チャンパ
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団(東京)、大阪交響楽団(びわ湖)

問:コンサート・ドアーズ03-3544-4577
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