取材・文:片桐卓也(音楽ライター)
日本を代表する作曲家であった武満徹(1930〜1996)の作品は、さまざまな機会に再演されており、最近でもシンガポール出身の指揮者、カーチュン・ウォンが、東京オペラシティ・コンサートホール タケミツメモリアルで武満の大作「弧(アーク)」を振った演奏会(3/2)が大きな話題を呼んだ。しかし、武満の残した作品で最も再演の機会が多いものと言えば、いわゆる“SONGS”とギター曲なのではないかと感じる。特に“SONGS”はクラシックの声楽家だけでなく、幅広いジャンルの歌手がカバーしており、意外なところで耳にする機会もある。
その武満SONGSに新たに取り組んだのが、カウンターテナーとして活躍する村松稔之である。村松はジャズ・ピアニストの高田ひろ子と組んでこれらのソングを録音し、さらには6月1日に記念のリサイタルを開催する。彼が武満SONGSのどんなところに魅力を感じたのかなど、新しい世代の歌手から見た武満作品の魅力を語ってもらった。
── 武満さんの作品との出会いは、どんな形だったのでしょうか?
〈死んだ男の残したものは〉とか〈小さな空〉は、武満作品とは意識せずに聴いていたのですが、こんなにたくさんの、しかも色々なタイプの歌を武満さんが書いていたと知ったのは、わりと最近のことです。
── 村松さんはまだお若いから、武満さんの活動をリアルタイムで経験していた僕たちとは違いますね。僕はいま65歳ですけれど、小学校6年生の時に映画『めぐりあい』(1968年公開、恩地日出夫監督、東宝配給)を映画館で観て衝撃を受けたのですが(笑)、その主題歌を含め、音楽を武満さんが担当されていた。そして当時はフォークミュージック・ブームだったこともあり、〈死んだ男の残したものは〉は自然と耳に入ってきました。
武満さんの歌の興味深いところは、歌の生まれてきた背景が全部違うというところですね。映画に関係した歌も多いですけれど、劇の中で歌われるものであったり、ラジオ放送から生まれたものであったり。その多様性がひとつの魅力でもありますね。
── 今回は「武満徹ソング・ブック」という形で14曲を録音されたわけですけれど、その録音のきっかけを教えてください。
まず、僕が東京藝術大学の大学院在学中に自主制作したCDがあったのですが、その中に武満さんの〈小さな空〉と〈めぐり逢い〉を入れていたのです。それをYouTubeにアップしていたら、今回のCDのプロデューサーで、長年武満徹の歌を歌う歌手を捜していた井阪紘さんが聴いてくださり、草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルのコンサートに呼んでいただきました。そこでジャズ・ピアニストの高田ひろ子さんと出会って、一緒に武満さんの歌曲で共演し、録音することになったのです。
── 大学院の時に作ったCDには武満さん以外にどんな作品が入っていたのですか?
基本的にはギター伴奏で日本歌曲を歌うというコンセプトのもとに選曲したので、山田耕筰の〈この道〉、〈待ちぼうけ〉などの作品も入っていました。僕はカウンターテナーという声域の歌手なので、学部時代に所属したバッハカンタータクラブの顧問をされていた小林道夫先生と出会い、先生のもとでバッハのカンタータなどのカウンターテナーのレパートリーを増やしていたのですが、おりにふれて先生が日本の歌曲についてもお話ししてくださっていて、日本の歌曲にも関心を深めてはいたのです。でも、大学院ではドイツの現代の作曲家であるA. ライマンの作品などを中心に学んでいたので、日本の歌はちょっと遠い場所にある感じもしていました。
── カウンターテナーはやっぱりレパートリーがバロック時代か、あるいは現代の作品か、という感じで、かなり限られていますよね。
そうなんです。だから、自分の歌えるレパートリーを増やしたいということはありましたね。
── 今回の武満作品では、ジャズ・ピアニストの高田さんとの共演で、かなり自由な雰囲気の中で歌っているという感じがしました。
もちろんショット社から出版されている武満さんの「SONGS」の楽譜もちゃんと手に入れて研究しましたけれど、その楽譜は既に他のかたが編曲して出版されているものでしたので、僕は武満さんが書かれているオリジナルの旋律とコードネームをもとに、もっと自由な発想でこれらの作品を捉えても良いのかなと思うようになりました。武満さんとの親交の深かった井阪さんから、武満さんはもともとジャズがとてもお好きだったと言うエピソードをうかがって、その楽譜に書かれている以上のことを表現してみたいと思いました。
── 武満さんの歌は、本当に1曲1曲が違っていますよね。
いわゆるシューベルトの「冬の旅」みたいに、ひとりの詩人が書いた連作の詩に曲を付けたわけではないので、1曲1曲が独立している感じで、それを現代の視点でひとつのツィクルスのように歌うのは面白いなと感じました。最近では、ヨーロッパの声楽家たちも、シューベルトなどの歌を、自分の視点で編んでひとつのコンサートで歌うということをやっていますが、それと同じような感じで、武満さんの歌を歌ってみたどうだろう? というチャレンジでもあったと思います。
── そういう点でも、武満さんが聴いたら、とても喜んでくれる仕上がりになっていると思いました。
ありがとうございます。曲の並べ方によっても、武満さんの作品のさまざまな可能性が出てくると思っていますので、もっと探究していきたいと思います。
── 6月1日のコンサートも期待しています。ありがとうございました。
カウンターテナー 村松稔之 武満徹を歌う
「小さな空 武満徹ソング・ブック」CD発売記念コンサート
2022.6/1(水)19:00 豊洲シビックセンターホール
村松稔之(カウンターテナー)
高田ひろ子(ピアノ)
武満徹:「ソング・ブック」より:翼/小さな空/めぐり逢い/恋のかくれんぼ/死んだ男の残したものは/明日ハ晴レカナ、曇リカナ/○と△の歌/島へ/雪/さようなら ほか
問:カメラータ・トウキョウ 03-5790-5560
イープラス eplus.JPN
CD『小さな空 武満徹ソング・ブック』
村松稔之(カウンターテナー)
高田ひろ子(ピアノ)
安ヵ川大樹(ベース)
カメラータ・トウキョウ
3,080円(税込)
2022.5/31発売
村松稔之 Toshiyuki Muramatsu
京都市出身。東京藝術大学音楽学部声楽科、同大学院修士課程独唱科を首席で修了。その後イタリアに渡り、ノヴァーラG.カンテッリ音楽院古楽声楽科で研鑽を積む。
第20回ABC新人オーディション最優秀音楽賞、第16回松方音楽賞奨励賞、第12回千葉市芸術文化新人賞、第24回青山音楽賞新人賞、第13回東京音楽コンクール第3位等受賞。2017年度野村財団奨学生、2019年度京都市芸術文化特別奨励生。これまでに藤花優子、伊原直子、寺谷千枝子、R. バルコーニの各氏に師事。
NHK FM「リサイタル・ノヴァ」やABC放送(共演:大阪フィル)などのTV、ラジオへの出演のほか、国内主要オーケストラとの共演、日本ヘンデル協会《フラーヴィオ》タイトルロール、A.ライマンの歌曲「カウンターテナーとピアノのための5つの歌曲」(日本初演)、バッハ「カンタータ」、「ヨハネ受難曲」、ヘンデル「メサイア」、モーツァルト「レクイエム」などのソリストを務める傍ら、2017年三枝成彰《狂おしき真夏の一日》ユウキ役で好評を博し、現代歌曲を加えたプログラムで出演したラ・フォル・ジュルネTOKYO 2018、2020年の井上道義×野田秀樹《フィガロの結婚》ケルビーノ役など、従来のカウンターテナーの領域である古楽の枠だけにとらわれない幅広いジャンルでのレパートリーを持ち、活躍の場を広げている。
2022年10月には、ヘンデルのオペラ《ジュリオ・チェーザレ》のニレーノ役で新国立劇場へ初出演予定。また2024年1月には、ドイツ・エアフルト歌劇場のオペラ“Julie et Mao”公演への出演と、海外でのオペラ・デビューも決まっている。
村松稔之公式LINEアカウント
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