文:池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)
日本人演奏家の国際音楽コンクール上位入賞が1980年代以来、久しぶりの活況を呈している。以前からピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラでは大きな成果を上げてきたが、最近はチェロ、室内楽など、今まで日本人には「苦手」とされた部門での躍進が目覚ましい。さらに「技巧は精確だが内面に欠ける」「ミシンのように打ち込むだけ」といったアジア人コンテスタント(コンクール参加者)への偏見を寄せ付けず、世界の舞台に通用する強いパーソナリティ、際立った音楽性を備えている点でも、日本人演奏家全体の大きな変貌、成熟を雄弁に立証する。2022年の東京・春・音楽祭では、そうした新世代の日本人若手演奏家の最前線を存分に楽しめる。
核心を突く密度の濃いデュオ
17年エリザベート王妃国際音楽コンクール第2位の岡本侑也(チェロ)は3月25日、東京文化会館小ホールで07年クララ・ハスキル国際ピアノコンクール第1位の河村尚子とデュオに臨む。ドビュッシー、プーランク、ブラームス(第2番)と王道名曲のソナタの間に20世紀を代表する女性音楽家で教育者、理論家、指揮者としても活躍したナディア・ブーランジェのソナタを交えているのが興味深い。2人とも表向きの派手さには目もくれず、核心を一気に突くソリストだけに密度の濃いデュオが聴けそうだ。ドイツに拠点を置くのも共通だが、幅広い研鑽を通じ、フランスやロシアなど他の文化圏の作品でも、難なくこなす。岡本は協奏曲のソロをスケール雄大に弾く力量を持ちながら、高い集中度と内面への沈潜で、室内楽にも傑出した適性を示してきた。
思慮深さを兼ね備えるピアニスト
19年ロン・ティボー・クレスパン国際音楽コンクール第1位の三浦謙司(ピアノ)は、4月14日東京国立博物館 平成館ラウンジの「東博でバッハvol.58」でのソロ、4月9日東京藝術大学奏楽堂(大学構内)の「フランクの室内楽」でのベテラン勢との共演の2回、聴くことができる。「バッハ」ではヴィヴァルディやマルチェッロらイタリアの同時代の作曲家がJ.S.バッハ(大バッハ)に与えた影響と、バッハ自身の優れた鍵盤楽器演奏能力をアピールする名技性の両面から、現代ピアノでの再現に挑む。フランクもオルガンなどの鍵盤の名手だったので、ヴァイオリン・ソナタやピアノ五重奏曲などの室内楽作品のピアノ・パートにも高度の技と表現を求めている。三浦のピアノは国際コンクールのウィナー(覇者)にふさわしいメカニックを備えるにとどまらず、ある種の思慮深さというか、慌てず騒がず楽曲の構造や味わいを究める趣があり、最適の人選といえる。
フレッシュな感覚で挑むモーツァルト
21年リーズ国際ピアノコンクール第2位の小林海都は3月21日、東京文化会館小ホールの「東京春祭チェンバー・オーケストラ」演奏会でモーツァルトのピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」のソリストとして現れる。まだスイスのバーゼル音楽院で勉強中の26歳。早くから才能を開花させたが、若々しくフレッシュな音の感覚と堅実な技のバランスが実に絶妙で、モーツァルト21歳の意欲作の弾き手にふさわしい。
若きコンクール・ウィナーによるスリリングなアンサンブル
21年ジュネーヴ国際音楽コンクール第1位の上野通明(チェロ)は3月28日、東京文化会館小ホールの「ショスタコーヴィチの室内楽」に出演する。ヴァイオリンの周防亮介、ヴィオラの田原綾子、ピアノの北村朋幹は東京文化会館などが主催する東京音楽コンクールの第1位受賞者、ヴァイオリンの鍵冨弦太郎は日本音楽コンクールの第1位受賞者と、共演者全員が20〜30代のコンクール・ウィナーというものすごい顔ぶれである。
上野はパラグアイに生まれ、スペインで育ったコスモポリタンで、バロックから同時代の音楽まで時代、文化圏の両面で幅広いレパートリーを持つ。今回はショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番、ピアノ五重奏曲の2曲に加わるが、あらゆる作品に対して独自の視点から再考を深め、特別な輝きを引き出す(もしくは「引き出さざるを得ない」!)北村との共演だけに、今まで明らかにされなかった上野の新しい魅力にも触れられるかもしれない。スリリングなアンサンブルに期待しよう。
【Information】
■岡本侑也(チェロ)&河村尚子(ピアノ)
2022.3/25(金)19:00 東京文化会館 小ホール
●出演
チェロ:岡本侑也
ピアノ:河村尚子
●曲目
ドビュッシー:チェロ・ソナタ ニ短調
N.ブーランジェ:チェロとピアノのための3つの小品
プーランク:チェロ・ソナタ FP143
ブラームス:チェロ・ソナタ 第2番 ヘ長調 op.99
●料金(税込)
S¥5,000 A¥3,500
U-25¥1,500(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)
■ミュージアム・コンサート
東博でバッハ vol.58 三浦謙司(ピアノ)
2022.4/14(木)19:00 東京国立博物館 平成館ラウンジ
●出演
ピアノ:三浦謙司
●曲目
J.S.バッハ:
協奏曲 ニ短調 BWV974(原曲:マルチェッロのオーボエ協奏曲)
パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV825
イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971
フランス組曲 第5番 ト長調 BWV816
幻想曲とフーガ イ短調 BWV904
J.S.バッハ(ブゾーニ編):無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004 より シャコンヌ
●料金(税込)
全席自由¥4,000
●発売日
2022.1/30(日)10:00〜
■フランクの室内楽
2022.4/9(土)14:00 東京藝術大学奏楽堂(大学構内)
●出演
ヴァイオリン:漆原朝子、倉冨亮太
ヴィオラ:須田祥子
チェロ:山崎伸子
オルガン:大木麻理
ピアノ:三浦謙司
●曲目
フランク:
ヴァイオリン・ソナタ イ長調
ピアノ五重奏曲 ヘ短調
3つのコラール より 第3曲 イ短調
天使のパン
●料金(税込)
S¥5,500 A¥4,000 U-25¥1,500
●発売日
2022.1/30(日)10:00〜
(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)
■東京春祭チェンバー・オーケストラ
2022.3/21(月・祝)15:00 東京文化会館 小ホール
●出演
東京春祭チェンバー・オーケストラ
ヴァイオリン:堀 正文、枝並千花、城戸かれん、城所素雅、武田桃子、戸原 直、外園萌香、宮川奈々、山内眞紀
ヴィオラ:安藤裕子、岡 さおり、森野 開、山本 周
チェロ:辻本 玲、中条誠一、宮坂拡志
コントラバス:佐伯洋裕
フルート:上野由恵
オーボエ:蠣崎耕三、森枝繭子
ファゴット:水谷上総、佐藤由起
ホルン:阿部 麿、村中美菜
ピアノ:小林海都
●曲目
モーツァルト:
交響曲 第1番 変ホ長調 K.16
ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調 K.271 《ジュノーム》
交響曲 第40番 ト短調 K.550
●料金(税込)
S¥6,000 A¥4,500
U-25¥1,500(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)
■ショスタコーヴィチの室内楽
2022.3/28(月)19:00 東京文化会館 小ホール
●出演
ヴァイオリン:周防亮介、鍵冨弦太郎
ヴィオラ:田原綾子
チェロ:上野通明
ピアノ:北村朋幹
●曲目
ショスタコーヴィチ(D.M.ツィガーノフ&L.アウエルバッハ編):24の前奏曲 op.34(ヴァイオリンとピアノ版)
ショスタコーヴィチ:
ピアノ三重奏曲 第2番 ホ短調 op.67
ピアノ五重奏曲 ト短調 op.57
●料金(税込)
S¥5,000 A¥3,500
U-25¥1,500(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)
【来場チケット販売窓口】
●東京・春・音楽祭オンライン・チケットサービス(web。要会員登録(無料))
https://www.tokyo-harusai.com/ticket_general/
●東京文化会館チケットサービス(電話・窓口)
TEL:03-5685-0650(オペレーター)