平石博一は日本のモーツァルト! 名作から新作まで網羅した企画は必聴!
パリ・エコール・ノルマルで学び、数々の初演を手掛けるなど現代音楽の最前線を走り続けるピアニスト、矢沢朋子さん。この11〜12月、ピアノとエレクトロニクスを駆使した先進的なミクスト・メディア・アート・プロジェクト「Absolute-MIX」のステージが全国3ヵ所で予定されています。
まさに矢沢ワールドとも言うべき、現在進行形の音空間はどのようにして生まれるのか、お話をうかがいました。
取材・文:小室敬幸
矢沢朋子は、長きにわたって最先端の音楽表現の場に身を投じてきたピアニストだ。桐朋学園時代に出会ったメシアンの「アーメンの幻影」に衝撃を受けて、パリに留学。メシアン夫人のイヴォンヌ・ロリオや、現代音楽のスペシャリストであるクロード・エルフェに師事。1998年にはアメリカへ移住して、ポスト・ミニマル世代の作曲家たちと深く交流。2001年の同時多発テロをきっかけにして日本に帰国したが、その後も確かな審美眼のもと、国内外の作曲家とコラボレーションを重ねてきた。
そんな矢沢が、最も敬愛する作曲家のひとり、平石博一(1948〜 )の作品だけを取り上げたコンサートを開催する。日本におけるミニマル・ミュージックの先駆者・平石に矢沢が出会ったのは20年以上前のことだという。
「フランスでヨーロッパのアカデミズムにちょっと飽きてきて、ニューヨークに住もうかと考えてはじめていた頃、平石さんがコンピュータ・ミュージックのパフォーマンスをギャラリーでやられていたんです。偶然それを聴いたんですけど、とっても素晴らしくて、共通の知り合いだったピアニストの井上郷子さんにご紹介いただいたのが、最初の出会いですね」
不当にも日本では知る人ぞ知る作曲家という地位に甘んじている平石だが、90年代には世界的な成功を収めていた。
「日本に来るとクロノス・クァルテットも色んな日本人の曲を演奏したりしていましたけど、ワールドツアーでも弾いていたのは平石さんと佐藤聰明さんの作品だけじゃないでしょうか。私がニューヨークに住んでいた頃、この2人は実際にとても有名でしたし、Bang on a Canの作曲家デヴィッド・ラングも高く評価していました。トイピアノで有名なマーガレット・レン・タンのような世界的に著名なミュージシャンが演奏したいと思う作曲家だったんです。その頃はクロノスだけでも年間100回以上弾いていたはずで、日本人でこんなに売れている作曲家は他にいない、というほどでした」
このように世界的に高く評価されていた90年代の名作に加え、平石の最新動向がつかめる近作を集めたのが「平石博一の音楽」と題されたプログラムAだ。
「前半は平石さんがここ10年以上取り組まれている、8chシステム(によるサラウンド)の空間音楽の最新版をご紹介したいので、有馬純寿さんに演奏していただきます。そして後半、平石さんは弦楽の曲で評価されて世界的に有名になったわけなので、平石さんが多く手掛けてきたヴィオラの作品を取り上げます。《Scenes I》(1995)とか《響きは大気の彼方からやってくる》(1987/95)は日本的な美が感じられて、日本でこんな美しい西洋音楽が生まれたんだなって驚きますよ。《Across the sky》(1995)は、私がニューヨークで弾いた時に、デヴィッド・ラングが「すごくかっこいい」と言ってくれた曲です。あとはピアノ曲で、連弾の《Up to date》(1990)、近作で私が初演した《九十九折五番》(2017)、井上郷子さんが今回初演する《LATTICE FRINGE》(2021)などを予定しています」
そして「Electro-Acoustic Music」と題されたプログラムBでは、平石作品だけでなく、ミニマルの巨匠フィリップ・グラスのヴィオラ作品や、早逝が惜しまれるポスト・クラシカルの旗手であったヨハン・ヨハンソンが矢沢のために書き下ろしたピアノ曲などを披露。加えて、矢沢が長きにわたってコラボレーションしてきた作曲家たちの作品が組み合わされる。
「菅谷昌弘さんは、彼がたびたび手掛けていたパフォーマンス集団のパパ・タラフマラ(1982〜2012)の舞台音楽を良いなと思って、すぐに知り合って曲を書いてもらいました。キャロリン・ヤーネルはジョン・アダムズの弟子で、アカデミックなところもありますが本当に格好いい曲を書くんです。タングルウッドで出会ったんですけど、それから8年後に偶然、ニューヨークで再会して。以来、彼女のコンピュータのための作品をピアノで弾けるようにしてもらったりと交流が続いています。インドネシア出身のトニー・プラボウもニューヨークで出会った作曲家なんですけど、その当時、ラジオ番組のテーマ曲に選ばれたり、リンカーンセンターからオペラの委嘱を受けたりと、めちゃくちゃ売れていましたね。ヴィオラの曲が多いというのが、偶然にも平石さんと共通しています」
今回取り上げるプラボウ作品には声楽も加わるのだが、なんと歌詞はインドネシア語(!?)。最終的には作曲者本人がオンラインで監修するのだが、指導を受けられる状態にまでもっていくため、歌い手の太田真紀と知念利津子の両名はGoogle翻訳にインドネシア語を発音させて練習中なのだというから驚きだ。刺激的なコンサートになることは間違いなさそうだが、どの作品も現代的な感覚さえ持っていれば、難しいことを考えることなく聴いて楽しめる音楽ばかりであることを強調しておきたい。特に平石博一という偉大な才能を再発見できる、またとない機会となるはずだ。 「平石さんには、モーツァルト的な天才性を感じるんですよ。アカデミズム的な価値観にうるさい人たちがいなくなった暁には、武満徹と同じぐらい、もしかしたら超してしまうぐらいの本当に大天才だと思っているんですよ。日本の宝です!」
Absolute-MIX Presents Electro Acoustic Music 〜 平石博一の音楽
2021.11/22(月)19:00 東京/仙川フィックスホール(プログラムA)
ピアノ:矢沢朋子、井上郷子
ヴィオラ:甲斐史子
エレクトロニクス:有馬純寿
2021.12/10(金)19:00 埼玉/彩の国さいたま芸術劇場(プログラムB)
DJ YAZAWA&ピアノ:矢沢朋子
ヴィオラ:甲斐史子
ヴォイス:太田真紀
2021.12/17(金)19:00 沖縄/パレット市民劇場(プログラムB)
DJ YAZAWA&ピアノ:矢沢朋子
ヴィオラ:くによしさちこ、新垣伊津子
ヴォイス:知念利津子
【プログラムA 平石博一の音楽】
♪ HIROSHIMA(8chシステムによる)他、8chエレクトロニック・ミュージック作品
♪ Scenes 1 for Viola Solo
♪ 響は大気の彼方からやってくる for Viola & Piano
♪ Across the sky for Viola & Piano
♪ Up to date for 4 Hands
♪ 九十九折五番 for Piano Solo
♪ LATTICE FRINGE 世界初演 (2021)
♪ Rainbow in the mirror for Piano Solo
【プログラムB Electo-Acoustic Music Collection】
♪ 平石博一のエレクトロニック・ミュージック作品
♪ Strung Out for Amplified Viola (Violin) by Philip Glas
♪ Far away from here for Piano & Electronics by 平石博一 / music direction: 矢沢朋子(Absolute-MIX2001委嘱作品)
♪ Gyration for for Piano & Electronics by 菅谷昌弘(Absolute-MIX2001委嘱作品)
♪ Love God for Piano & Electronics by Carolyn Yarnell(Absolute-MIX2010委嘱作品)
♪ Untitled for Piano & Electronics by Johann Johansson (Absolute-MIX2010委嘱作品)
♪ New Work for Piano & Electronics by 平石博一(Absolute-MIX委嘱作品)*世界初演
♪ Commonality for Viola & Electronics by Tony Prabow*
♪ Funeral Pyre for Viola, Voice & Electronics by Tony Prabow*
♪ Hampa for Voice & Electronics by Tony Prabow*
(* Absolute-MIX2007招聘作曲家)
※プログラムは変更になる場合がございます
〈チケット購入〉
◎11/22(月)東京公演
◎12/10(金)埼玉公演
◎12/17(金)沖縄公演
お問い合わせ:
AMATI 03-3560-3010(埼玉公演のみ)
Absolute-MIX事務局 050-5532-6245 absolutemix.office★gmail.com(★を@に変えてください)
矢沢朋子(ピアニスト/DJ)
東京出身。フランス近代、現代音楽の演奏で特に定評のあるピアニスト。作品への深い洞察力に裏打ちされた的確な演奏と美しい音色は高い評価を得ている。多くの有名作曲家が曲を献呈。
桐朋学園大学、パリ・エコール・ノルマル高等演奏家資格取得。「全てのクラシック音楽は当時の前衛だった」という視点から、ピアノ音楽の歴史を現在進行形で発信している。同時代の作曲家達と親交を結び、多くの作品が矢沢のために創られてきた。トリスタン・ ミュライユ、田中カレン、平石博一、スコット・ジョンソン、ウィリアム・ダックワース、トニー・プラボウ、ヨハン・ヨハンソンらの初演を手がけるなど、多くのピアノ曲の委嘱も行っている。演奏に当たって、矢沢は作曲家と直接、打ち合わせをするよう努めている。これまでにシュトックハウゼン、ベリオ、ジョージ・クラム、ジョージ・ベンジャミン他、メシアン夫人イヴォンヌ・ロリオ氏らの薫陶を受けてきた。また矢沢がメンターと仰ぐ藤井一興、クロード・エルフェ(Claude Helffer)氏から現代音楽作品の演奏と楽曲分析を学ぶ。室内楽をダリア・オヴォラ(Daria Hovora)に師事。1990年タングルウッド・ミュージック・センター奨学生、98年アジアン・カルチュラル・カウンシル奨学生。現代音楽の分野への優れた業績に授与される「第16回中島健蔵音楽賞」を受賞。ミクスト・メディア・アート・プロジェクト「Absolute-MIX」のプロデュース並びに近未来的音楽をコンセプトにしたレーベル「Geisha Farm」を主宰。