文・写真提供:青木涼子(能声楽家)
世界の歌劇場やオーケストラから委嘱が相次ぐ、文字通りフランスを代表する作曲家、パスカル・デュサパン。彼と初めて会ったのは2010年にトーキョーワンダーサイトで行われたインターナショナル・アンサンブル・モデルン・アカデミーの講師として来日、その公開レクチャーを聞きに行った時だ。長身で長い髪をかきあげながら話す、絵に描いたようなフランス人という感じで、話しかけても取り付く島がなかった。その後何度となくヨーロッパの音楽祭で見かけたりもしたが、女優の妻フロランス・ダレルらブロンド美人が常に傍にいるセレブなイメージで、近寄り難い人という印象は変わらなかった。
2013年に私はテアトロ・レアル王立歌劇場でヴォルフガング・リームのオペラ《メキシコの征服》に出演した。その共演者で、現代音楽を専門としてキャリアを成した異例のスター・バリトン歌手、ゲオルク・ニグルがパスカルの親友だった。生粋のウィーン子で強烈なキャラクターの持ち主のゲオルクだが、オペラ書きとして知られるパスカルのオペラ作品のほとんどがゲオルクに捧げられている。新国立劇場での細川俊夫《松風》が記憶に新しい世界的な振付家サシャ・ヴァルツが2010年に演出し、今や押しも押されもせぬ大スター、ソプラノ/指揮者のバーバラ・ハンニガンとゲオルクが共演したデュサパン《パッション》もその一つだ。フセイン・チャラヤンのシックな衣装を身にまとい、二人の歌手もダンサーと同じように踊り歌う、旬なアーティストが大結集して作ったコレオグラフィック・オペラで、私は憧れを持って眺めていた。
パスカルと実際に言葉を交わしたのは、2014年にサントリーホール サマーフェスティバルのテーマ作曲家として彼が再来日した時だった。ドキドキしながら「ゲオルクの友人です」と言うと「あーー!君がそうか。聞いているよ」と言われ、一気に親しくなった。日本滞在中は、息子さんへのお土産のガンダムを買うために六本木のドン・キホーテに案内したり、今回のコンポージアムでも再演される弦楽四重奏曲第6番「ヒンターランド」を日本初演したアルディッティ弦楽四重奏団との打ち上げに参加させてもらったりした。そこでリーダーのアーヴィン・アルディッティの愛に溢れる(?)執拗な絡みを目撃したりと濃い時間を過ごした。
渡欧した際は、パスカルのオペラ《ペレラ、煙の男》《ペンテジレーア》《マクベス・アンダーワールド》の上演に足を運び、素晴らしいプロダクションを堪能した。パリのスタジオを訪ねたり、愛車に乗せてもらったり、パスカルが兄と慕うヴォルフガング・リームを囲んでの食事会に連れて行ってもらったりと、思い出は尽きない。一緒に時間を過ごすことでパスカルの印象は変わっていった。実はシャイなだけで、いったん仲良くなれば、あけすけに自分のことを話してくる人懐っこい憎めない性格で、多くの人が魅了されるのも納得だった。
パスカルは作曲家としては異色の経歴でソルボンヌ大学にて造形芸術、科学、アート、美学を学び、自身のオペラ台本を執筆するなど文学にも造詣が深く、家族にも芸術家が多い。妻は女優、兄は建築家、前妻との娘は美術史家で、若かりし頃パスカルも選出されたローマ賞に選ばれ、現在ヴィラ・メディチに滞在している。実はパスカルは写真家でもあり、気づくとよくカメラを構えている。2018年に私が細川俊夫さんのオペラ《二人静―海から来た少女―》をアンサンブル・アンテルコンタンポランと世界初演した時も駆けつけてくれ、カーテンコールの写真を撮って送ってくれた。彼の音楽が収録されたCD付きの写真集まで出版しており、ヨーロッパ芸術界の中心にいる知性とセンスの塊のような人だ。
2015年に私が文化庁文化交流使で渡欧した際に、今後作品を書いてもらいたい作曲家に対しての公開プレゼンに出演してもらい、彼の前で謡を披露した後、二人で謡のための新曲の可能性を話し合った。残念ながら、まだ曲を書いてもらう機会は得ていないが、文学にも造詣の深い彼が、能の謡に出会うとどのような曲が生まれるのか興味は尽きない。今回久々に日本で彼の音楽が聴けるのを今から心待ちにしている。
青木涼子(能声楽家)
能の「謡」を現代音楽に融合させた「能声楽」を生み出し、現代の作曲家を惹きつける「21世紀のミューズ」。2013年テアトロ・レアル王立劇場での衝撃的なデビューを皮切りにヨーロッパを中心に活動し、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団など名門オーケストラと共演。これまで世界19ヵ国50人を超える作曲家たちと新しい楽曲を発表。世界からのオファーが絶えない、現代音楽で最も活躍する国際的アーティストのひとり。「サントリーホール サマーフェスティバル 2021」にてアンサンブル・アンテルコンタンポランと共に細川俊夫《二人静―海から来た少女―》の日本初演を予定。
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