【公開稽古レポート(概略版)】「3人の演出家によるクリエーション」第1弾〜OPERA ART ACADEMIA 2018

 演出家・田尾下哲が主宰する「田尾下哲シアターカンパニー」が4月から開催している「OPERA ART ACADEMIA 2018(以下、OAA)」。 去る8月4日にはOAAの主軸となる実践篇「3人の演出家によるクリエーション」第1弾が開催された。これは、岩田達宗、菅尾友、田尾下哲の3人の演出家が、まったく同じオペラの1シーンを別々に演出したらどうなるか?を、公開稽古を通して検証するもの。
 演出作品は、オペラ《フィガロの結婚》の「Nr.7・“Cosa sento! Tosto andate”」。第1弾を演出したのは岩田達宗。腰越満美(スザンナ役)、黒田博(伯爵役)、大槻孝志(バジリオ役)、そして青木エマ(ケルビーノ役)が参加した。
 (取材・文:WEBぶらあぼ編集部 Photo:M.Terashi/TokyoMDE)

 「Nr.7・“Cosa sento! Tosto andate”」の場面は、ケルビーノが「ぼくは愛のことを話すんだ、自分自身に」とアリアを歌ったあとに続く場面。ケルビーノをどうやって隠すかが見どころとなる場面だ。
 まず全員が譜面を見ながら通して歌う音楽稽古。 それに続き、岩田から舞台や各登場人物の設定の説明がなされ、演技指導が細かく行われた。

【舞台設定】
・舞台はフィガロの部屋
・部屋には椅子があるのみ
・客席と客席の間は廊下
・伯爵の部屋から廊下をつたってフィガロの部屋に続いている
・フィガロの部屋には(まだ)扉はない(伯爵の悪巧みゆえ)

【バジリオの設定】
・前提として、第4幕Nr.25 マルチェリーナのアリア「牡ヤギと牝ヤギは いつでも仲良し」があるということにして(通常は慣例としてカットされる)そこから逆算して考えたい。
・ロバの皮を被って、いつも馬鹿なふりをしている
・伯爵の悪巧みを全部知っている
・よもや誰もいないはずのこの部屋にスザンナと伯爵がいることに気づく
・音楽家なので、登場人物すべてをからかいたい

【スザンナの設定】
・伯爵の悪巧みであるこの部屋自体が嫌でたまらない
・そればかりか、伯爵の悪巧みに気づかないフィガロにも憤慨している
・出て行きたいが、どんどん人が来るのでイライラしている

【ケルビーノの設定】
・図に乗って、廊下に出てロックンロールのように歌っている
・廊下で歌っていたため、伯爵の部屋まで声が聞こえてしまった、、、ところから第7場が始まる
・伯爵が来るのに気づき、あわてて部屋のなかで隠れようとする

【伯爵の設定】
・色気たっぷりでセックスアピールしている
・部屋にスザンナひとりと思った伯爵は香水たっぷりで登場する
・指フェチ!

●第6場
ケルビーノ、スザンナ、伯爵<レチタティーヴォ>

 部屋に来る伯爵に気づいたケルビーノとスザンナが困り果てたあげく、ケルビーノを椅子の下に隠す。引き取って下さいと言うスザンナに対し伯爵は「ちょっとの間だから」とスザンナにまとわりつく。
 伯爵とスザンナがいちゃつくのを見てケルビーノは「そうだったのか!」と驚き、伯爵の振りを真似する。

左から)腰越満美(スザンナ役)、黒田博(伯爵役)、青木エマ(ケルビーノ役)

 そこにバジリオがやってくる。伯爵も椅子に隠れようとするが・・・
 バジリオは、スザンナがいるのは知ってるけれども、知らないふりして「スザンナ〜」と声かける。「il ciel vi salvi. こんにちは」を十字を切って「祝福あれ」とスザンナの気をまぎらしながら、部屋のなかをあらためる。

 右)大槻孝志(バジリオ役)

●第7場
バジリオ、スザンナ、伯爵<レチタティーヴォ>

 バジリオは「ケルビーノは好色だから教育した方がいい。伯爵は野獣だ」と二人を蔑み、「恋人を選ぶなら、寛大で、慎重で、思慮深い男にすべきだ」と迫る。
 それを聞いた伯爵が姿を現す。

●Nr.7・“Cosa sento! Tosto andate”
 伯爵「何と言った!すぐに出て行け!」
 バジリオ「とんでもないときにやって来てしまった!」
 スザンナ「何てこと!破滅だわ」
 ・・・




 岩田はとにかく動く!誰よりも動いて動いて、動き回り、演技指導する。「歌手はアスリート。いじめ抜いて、最後は劇場の舞台で遊んでもらう・・・」。岩田は稽古について常々そう語る。
 演技にあたっては伯爵とバジリオの最初の登場で「スザンナと呼ぶときの“ス”を色気たっぷりに歌うこと」、「セッコ・レチタティーヴォのあとの四分休符を今回に限りフェルマータにする(間を多く取る)」、といった指示も。
 各場面の前提条件を提示し、音符やクレッシェンドなどの意味を指摘しながら「この言葉には●●の意味が込められている」「ここはこの先の●●に出てくるシーンの先取り、予告編として動いて」など、楽譜から読み取ったその言葉には説得力がある。「ひとつひとつの言葉、音、に込められた意味を観客にわかるように翻訳し伝える」という演出家の役割を顕在化させる。
 また、このシーンについては、旧約聖書のダニエル書に書かれている「スザンナとある長老の物語」(「われわれと関係をもたなければ、お前が庭で青年と密会していたと告発するぞ」と脅迫するが、スザンナは拒否する)と同じ意味のことをモーツァルトとダ・ポンテが書いていることも紹介された。

 稽古時間はおよそ3時間弱。予定よりも短い時間で仕上げ、10月2日(火)に行われる《映像発表&ディスカッション》に向けての収録を済ませた。
 最終的な演奏収録時間は8分55秒。指揮者なしでの稽古で、それぞれの演出家によって演奏時間が変わるのかどうかも注目点となる。

 稽古と収録に続き、歌手全員と岩田、田尾下が稽古について思い思いに語った。

 10月2日には本クリエーションのまとめとして、公開稽古初回の演出を担当した岩田達宗(演出家)、各回に伯爵役で出演した黒田博をゲストに迎え、3人のクリエーションを今一度映像で振り返り、演出意図やオペラ演出が果たす役割をディスカッションした。

■動画【公開稽古】岩田達宗演出《フィガロの結婚》「Nr.7・“Cosa sento! Tosto andate”」


『オペラ演出論/3人の演出家によるクリエーション《岩田達宗・篇》』
2018年8月4日(土)15:00〜21:00 G-ROKSスタジオ(下高井戸)STUDIO1

ナビゲーター:岩田達宗(演出家)
ゲスト出演者:腰越満美(歌手/スザンナ役)
       黒田博(歌手/伯爵役)
       大槻孝志(歌手/バジリオ役)
       青木エマ(歌手/ケルビーノ役)
ピアノ演奏:矢崎貴子


【OPERA ART ACADEMIA 2018】
オペラ演出論/トークセッション
3人の演出家によるクリエーション《映像発表&ディスカッション》

10月2日(火)19:00〜21:00
桜美林大学 四谷キャンパス(千駄ヶ谷)1階ホール

ゲスト:岩田 達宗(演出家)、黒田 博(声楽家)
ナビゲーター:田尾下 哲(演出家/TTTC主宰/桜美林大学芸術文化学群 准教授)

問:田尾下哲シアターカンパニー03-6419-7302(ノート株式会社内)
info@tttc.jp
03-6419-7302(ノート株式会社内)

●田尾下哲シアターカンパニー
http://tttc.jp/