
「私がヴァイオリニストを続けてこられた一番の原動力は、10代を過ごした1960年代前半のソビエトでの経験です」
そう語る前橋汀子は6月、全国9ヵ所で日本ツアーを開く(ピアノ共演はヴァハン・マルディロシアン)。17歳でレニングラード音楽院(現サンクトペテルブルク音楽院)の日本人初の留学生に選ばれ、3年留学した。82歳の今、公演とレコーディングで新たに挑むのがプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1、2番だ。
今回のツアーは大阪、和歌山、周南、福山、横浜、仙台、高崎、長野を巡り、6月28日に東京のサントリーホールで締めくくる。全9会場でフランクのヴァイオリン・ソナタ、13日の大阪/ザ・シンフォニーホールを除く8会場でプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第1番もしくは同2番を弾く。クライスラーやフォーレらの小品も交え、孤高の大作と珠玉の名曲を合わせて楽しめるよう趣向を凝らしている。
「スターリンとプロコフィエフが同じ1953年3月5日に亡くなってから8年くらいしか経っていない時期でした」と、前橋はレニングラード音楽院に留学した17歳当時を懐かしむ。「プロコフィエフの名前を初めて聞いたのはまさに彼の没年。9歳のとき。ヨーゼフ・シゲティが日比谷公会堂での来日公演で、親友のプロコフィエフを追悼して東京交響楽団とヴァイオリン協奏曲第1番の第2楽章を演奏しました。ロシアの民俗舞踊のようで、非常に新しい音楽に聴こえました」と振り返る。
11歳だった1955年、国交回復前のソ連から来日したオイストラフの公演を日比谷公会堂で聴き、「私もロシアに行けば彼みたいに弾けるようになるのではないか」と思い、留学への夢が膨らんだ。「政治的背景が全くない家庭だったので、なぜソビエト留学が実現したのか今でも分からない。当時教わっていた小野アンナ先生がロシア人だったのは大きかったです」と話す。
ミハイル・ヴァイマンに師事し、3年間学んだ。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を練習する際、「汀子、チャイコフスキーのオペラを観たか」と言われた。「私はチャイコフスキーにオペラがあるのかしらというくらいでした」。そこでキーロフ劇場で《エフゲニー・オネーギン》を観た。日本の留学生にロシア文化の真髄を伝えようとする恩師の熱意に打たれた。
苦労はしたが、「教え方のレベルは非常に高く、ソビエトの奏法を見せつけられました。オイストラフもコーガンも、そしてロストロポーヴィチやムラヴィンスキーもいた黄金時代。必死に学びました」。おかげで苦境に挫けない根性が身に着いた。
ここ十数年はバッハの無伴奏やベートーヴェンのソナタ全曲など、テーマ作品を決めて公演とレコーディングに取り組んできた。右肩の手術による7ヵ月の休養から完全復帰して2025年7月に録音したCD『ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集』(ソニーミュージック)では、枯淡や抒情といった言葉を超えた存在感のある響きを聴かせる。プロコフィエフは単に「次」ではなく、さらに高みを目指す前橋の「今」を映す。その生音の圧倒的な存在感を6月の日本ツアーで体験したい。
取材・文:池上輝彦
(ぶらあぼ2026年6月号より)
前橋汀子 アフタヌーン・コンサートVol.22
6/28(日)14:00 サントリーホール
問 チケットスペース03-3234-9999
https://www.ints.co.jp

池上輝彦 Teruhiko Ikegami
音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽報道記事やレビューを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートも手掛ける。ヤマハ音楽情報サイト「音遊人」で「クラシック名曲ポップにシン・発見」、日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」で「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介 https://www.nikkei.com/journalists/19122304
ヤマハ音楽情報サイト「音遊人」 https://member.jp.yamaha.com/topics/myujin
art NIKKEI「聴きたくなる音楽いい話」 https://art.nikkei.com/magazine-title/music-stories/
