
取材・文:飯尾洋一
ひとりのソリストが2曲のコンチェルトを演奏するセントラル愛知交響楽団の「Wコンチェルトシリーズ」。8月22日の公演では、ヴァイオリニストの成田達輝が登場し、同楽団首席客演指揮者の齊藤一郎と共に、平野一郎のヴァイオリン協奏曲第一番〈○△□〉(成田達輝委嘱・世界初演)とパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番でソリストを務める。
新作の題は〈○△□〉。まるで謎かけのような題だ。サブタイトルは「十牛図に拠る十牛譜」となっている。「十牛図」とは禅において悟りに至る段階を10枚の図で表したもの。その10の図が協奏曲の連続する十楽章に対応する。協奏曲を委嘱した成田達輝と、作曲者の平野一郎のふたりが今回の公演について語った。
成田 平野一郎さんに新作を委嘱したのは、2023年に平野さんの個展に参加させていただいて、この作曲家は自分の世界を持っている、だれの真似でもない自分の作品観があると感じたことがきっかけです。曲を作りあげるというか、もう湧き出てくる感じなんです。もうひとつは、パリで6年暮らした後、日本に戻り、自分が日本人として西洋の協奏曲というフォーマットでなにを表現できるのかを考えたときに、平野さんの名前が浮かびました。
平野 成田さんから最初にこのお話をいただいたときに、なぜ僕でなければいけないのかという明確なメッセージを感じました。僕が西洋楽器で作曲する際の基本的な姿勢として、西洋楽器が歩んできた来歴を踏まえたうえで、それを超える東洋からのレスポンスをすることが使命だと思っているんです。協奏曲をソリストの個人委嘱で書く機会などめったにありません。成田さんの志を感じます。

成田 委嘱の電話をさせていただいたときに、たぶん電話口でお互い泣いていましたよね。共鳴して、感動に次ぐ感動で。
平野 その電話でいろいろな話題が出ましたよね。哲学者ヘリゲルの本『弓と禅』の話題になったとき、僕のなかで「十牛図」と「○△□」という題が頭に浮かんできました。悟りに至る三つの段階を表すとされる禅画の「○△□」を、鈴木大拙は The Universeと訳しています。つまり、森羅万象の抽象的表現です。「まる・さんかく・しかく」とも読めるし、伏字のようにも受け取れる。なぞかけであることが大事なんです。曲ができあがったとき、自分は「問いがそのまま答えである曲を書きたかった」ことに気づきました。問いを持った時点で、もうそれは答えでもあることがありますよね。問い、即、答え、みたいなことが。
成田 そういった問いの在り方が禅的だと思いました。西洋的な考え方だと結果に至るには、まず問い(命題)に対しての反論があり……といったように弁証法的な歩みを積み重ねていきますよね。問い、即、答えという考え方は、それとは違う。

平野 「十牛図」とは牛飼いの少年がいなくなった牛を探し求める物語のなかに、道を求める人の10の段階が描かれた絵です。現代芸術に見られるストイックでスタイリッシュで削ぎ落とされた造形みたいな禅のイメージとはある意味一線を画す思想を宿しています。第1の「尋牛(じんぎゅう)」とは、牛がいなくなったことに気づいて牛を探し求める出発点。修行者でいえばその門を叩いた状態。2番目の「見跡(けんじゃく)」で風土に目覚めそこここにある牛の足跡に気づく。3番目の「見牛(けんぎゅう)」でついに牛の姿を見つける。4番目「得牛(とくぎゅう)」で牛に綱をかけて七転八倒、5番目「牧牛(ぼくご)」でようやく牛が懐く。6番目「騎牛帰家(きぎゅうきか)」で故郷に帰る。牛の背にまたがり笛を吹いて楽しく帰るんです。7番目「忘牛存人(ぼうぎゅうそんにん)」で、円い満月を眺めて落ち着いた状態に至る。自己実現の完成。それが8番目の「人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう)」で全部消えるんです。人も牛もぜんぶ忘れ空っぽの真ん丸だけが残るという状態です。
成田 今まであったものが、全部パーッとなくなるみたいな感じですよね。
平野 本当のドラマは、一回、最初のドラマが壊れてから生まれてくる。一回壊れることがものすごく大事だと思うんです。
成田 西洋音楽ではフェルマータがそういう役割だと思うんですよ。パガニーニの協奏曲のカデンツァの前とか、音を伸ばしてカデンツァに入る。でもこの作品では「無」というか、本当に音がなくなるんです。

平野 9番目「返本還源(へんぽんげんげん)」はまさしくカデンツァです。無から墨の山水が甦り次第に色を取り戻してフルカラーになる。よく「花は紅、柳は緑」と言いますが、あるがままの森羅万象が戻ってくるんです。最後の10番目が「入鄭垂手(にってんすいしゅ)」。両手を垂らして市井の人々の中に入るという意味。「十牛図」では布袋さんと向かいあう求道者のような人が描かれています。素直に見れば牧童が布袋さんに出会った場面になる。でも、道を求めるその人が時を経て布袋さんになって、そこに次の若い求道者が訪ねてきたのかもしれない。試しに十牛図を円形に配してみると、おしまいがまた新しい始まりのようにも見えるんです。音楽的には第1から第7まではひとつのつながりで、第8、第9、第10は全部違うものとしてあらわれます。でも最終的にはみんなつながっているんです。
成田 協奏曲を個人で委嘱するのは人生で初めてのことです。これまでの作品に取り組むスタイルとはちがった、まったく新しい体験です。自分が書いてくださいとお願いした作品ですから、親近感どころか、自分と血のつながった協奏曲のように感じています。「ここはこうやって弾こう」という距離のある関係ではなく、協奏曲自体が自分のなかに存在しているような感覚です。平野さんと私の人生の航路があって、そこから新しい生命が生まれてきた。家族のようでもあるし、子どものようでもある。嬉しいですね。また、泣きそうになってきました。人生に大きな影響を与えるような作品だと私は感じているので、その思いがそのままお客さんに伝わるといいなと願っています。

セントラル愛知交響楽団 Wコンチェルトシリーズ 成田達輝Vol.3
2026.8/22(土)14:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演
指揮:齊藤一郎(首席客演指揮者)
ヴァイオリン:成田達輝
プログラム
平野一郎:ヴァイオリン協奏曲第一番 〈○△□〉 【成田達輝委嘱・世界初演】
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調 op.6, MS21
問:セントラル愛知交響楽団052-581-3851
https://www.caso.jp

飯尾洋一 Yoichi Iio
音楽ジャーナリスト。著書に『クラシックBOOK この一冊で読んで聴いて10倍楽しめる!』新装版(三笠書房)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『マンガで教養 やさしいクラシック』監修(朝日新聞出版)他。音楽誌やプログラムノートに寄稿するほか、テレビ朝日「題名のない音楽会」音楽アドバイザーなど、放送の分野でも活動する。ブログ発信中 https://www.classicajapan.com/wn/

