この秋、二人の“イトウ”がハイドンのコンチェルトに挑む!
伊藤文嗣(東響チェロソロ首席)× 伊東裕(都響チェロ首席)スペシャル対談(前編)

左:伊藤文嗣さん 右:伊東裕さん

 暦も10月を迎え、クラシック音楽シーンもいよいよ秋の本格的なシーズンへ。数あるオーケストラも、国内外から指揮者やソリストを招聘し、それぞれの団体の個性を打ち出すべく様々な演奏会を予定しています。
 そんな中、この秋、偶然にも同じ「イトウ」という名字を持つふたりのオーケストラ奏者が、およそ2週間の時間差で、それぞれの音楽監督とともに同じハイドンのチェロ協奏曲第1番に挑もうとしています。
 この奇跡的な出来事を見逃すまいと、「ふたりの“イトウ” スペシャル対談」を敢行!不思議な巡り合わせを感じさせるお二人ですが、名前だけではない意外な共通点もあった!?

チェロとの出会い

——楽器をはじめたのは何歳ですか?

 母親と姉がヴァイオリンをやっていて「僕もヴァイオリンをやりたい」と言ったそうなのですが、母親が好きだったチェロをすすめられて、6歳から始めました。

文嗣 ちょっと似てますね。うちも母親と姉がヴァイオリン、兄がピアノをやっていたんですよ。それで自然と音楽をはじめる流れになった気がするんだけど、後で聞いたら「大きい楽器がいい」って言っていたらしいんです。あとは祖母がチェロが好きだったという話も。それが5歳のとき。

 似てますね(笑)

文嗣 名字だけじゃなくてね(笑)

 当時は練習が全然好きじゃなくて。少しずつコンクールを受けていたのですが、直前に集中してさらって、その後はまたあまり練習しない日々。楽しくなってきたのは大学に入ってからかもしれないです。

文嗣 部活はやってなかった?

 中学では陸上部、高校はソフトテニス部でした。部活から帰った後はすごく疲れていたのでまず寝て、その後30分くらいだけ練習するような感じでした。

文嗣 両方は大変だよね。

 チェロにのめり込むきっかけは大学に入って音楽を専門にしている仲間に出会ったことだと思います。それまでは音楽の話をする知り合いも多くなかったので。

文嗣 なるほど。僕も中学高校は進学校で、周りに音楽をやっている知り合いは少なかった。チェロは続けていたんだけど、コンクールを受けるとか専門の道に進むような気はなくて。本当にごく普通の中高生でした。真剣に練習しはじめたのは大学に入る1年前くらいからかな。

——お二人が初めて会った時のことを覚えていますか?

文嗣 日本音楽コンクールの試験会場、トッパンホールだったかな。出番前で控室にいたら、弾き終わった裕くんが「はぁー」って溜息をつきながら肩を落として入ってきて。そのときね、もう顔が真っ黒に日焼けしていて本当にチェロ弾きなのかっていう風貌で(笑)

 当時はソフトテニス部でした(笑)

文嗣 自分より若い子が頑張っているなと微笑ましい思いで見ていました。僕は予選で落ちたんだけど、後日優勝者をチェックしたら“伊東裕”って書いてあって、映像を見たら、「あの子だ!」って(笑)

 (笑)

文嗣 風貌と結果のギャップがすごくて、かなり印象的でした。

それぞれの音楽観

——オーケストラへの入団経緯を教えてください。

文嗣 僕は元々トゥッティ奏者として、東響のエキストラに行っていたのですが、そのきっかけになったのが、団員さんが参加しているフットサル。みんな和気あいあいと楽しそうにしていて雰囲気がいいなっていうのが第一印象。しばらくして「首席のオーディションがあるから受けてみない?」というお話をいただきました。そのときはまだスダーンさんが音楽監督でした。

 僕は、北九州市でまろさん(篠崎史紀さん:N響特別コンサートマスター)が主宰されているオケ(マイスター・アールト × ライジングスター オーケストラ)で「運命」や「田園」を弾いたときにすごく感動して、いつかオケに入りたいと思うようになりました。それでオーディション情報を調べていたときに都響の募集を見つけて申し込んだのがきっかけです。

——裕さんは「葵トリオ」の印象も強いのですが、オーケストラとトリオの活動の両立は大変ではないですか?

 「葵トリオ」として2018年にミュンヘン国際音楽コンクールで優勝してから、トリオでの活動も活発になりました。その後3人ともドイツに留学して、ヴァイオリンの小川さんはカラヤン・アカデミー(ベルリン・フィルの教育機関)で勉強していたので、フィルハーモニーの練習室を借りてリハーサルをしたりもして、その時によくベルリン・フィルを聴きに行きました。

文嗣 最高な環境だね。

 ベルリン・フィルを聴いて、さらにオーケストラへの気持ちが強くなりました。入団前はトリオの活動と両立できるかどうか不安もありましたが、それでも首席をやりたいという気持ちはあって。リードする立場なので、オケでの経験がトリオにも活かせると思っています。

——文嗣さんはオーケストラに入団してから10年以上。そんな先輩を裕さんはどう見ていますか?

 昔、文嗣さんが出演されているカルテットの演奏を聴いたことがあったのですが、その時のベートーヴェンのバスがもう本当に素晴らしくて。当時からすごく憧れていました。昨年、あるオーケストラでご一緒した時も。

文嗣 「エロイカ」を1プルトで一緒に弾いたんだよね。

 そうです。隣で弾いていて、まずフレーズがすごく長いなと思って。広い視野で音楽を捉えているんだろうなって感じました。自分はどちらかというとその場その場で起きたことが気になっちゃうタイプなので、すごく勉強になりました。なのでまた隣で弾かせていただきたいです。

文嗣 いやいや、いいんですか(照)。自分が紡いでいる音と周りで流れている音をある程度記憶に残しておきつつ、1回目に弾いたときのサウンドがこうだったから、2回目はこれくらい変化をつけようとか…難しいんだよね。
 裕くんもトリオで臨機応変に音楽を作っていく作業をやっていると思うけど、人数が増えると情報量がめちゃくちゃ多くなるじゃない。

 そうですよね。

文嗣 だから、オーケストラの場合はより遠くに視点を置いておかないと大変だと思う。僕は曲全体をふわっと捉えて、少し遠くを見据えて弾くようにした方がやりやすい。裕くんはいろんなことに気がつくタイプで、周りで起きていることを機敏にキャッチできるんだと思う。

 指揮者みたいな視点ですか?

文嗣 そうかもね。逆にトリオだったり、ソリストだったり、自分ひとりで一つのパートを演奏する人を僕はものすごくリスペクトしていて。

 葵トリオの場合は、臨機応変に弾くというよりもリハーサルに時間をかけて一つのものを緻密に作りあげていく感じでやっています。ホールによって調整することはあっても、ハプニングとか、いろんなことが起きる要素はオケよりも少ないかもしれません。

文嗣 だから逆にすごく大変だと思う。トリオとオケではアンテナの張り方というか、大事にすることの優先順位が違うと思うし、それぞれを弾き分けているところがすごい。僕は主戦場をオーケストラにしているから、一つの大きなスタンスでいつも演奏できている。逆に言うと今回みたいにコンチェルトをやるときに、自分を作り変える作業が必要で、結構大変かも。だからうまくいくかはわからない(笑)

(後編へ続く)

協力:東京交響楽団、東京都交響楽団
撮影・まとめ:編集部

Profile

伊藤文嗣 Fumitsugu Ito
1986年神奈川県出身。東京藝術大学を経て、同大学大学院修士課程修了。第9回ビバホールチェロコンクール第2位。2008年~2010年N響アカデミーに在籍。 これまでに、サイトウ・キネン・オーケストラ、東京・春・音楽祭、ジャパンヴィルトゥオーゾシンフォニーオーケストラ、マロオケ、北九州響ホールフェスティバル、防府音楽祭、赤穂国際音楽祭プリ・コンサート、姫路国際音楽祭プリ・コンサート、アフィニス・アンサンブル・セレクション他多数出演。また、客演首席奏者として国内主要オーケストラに招かれている。これまでにチェロを山崎伸子、河野文昭、藤森亮一の各氏に師事。2012年より東京交響楽団首席チェロ奏者、2021年よりソロ首席チェロ奏者を務める

(c)N.Ikegami/TSO

伊東裕 Yu Ito
奈良県出身。第77回日本音楽コンクールチェロ部門第1位受賞。葵トリオとして、第67回ARDミュンヘン国際音楽コンクールピアノ三重奏部門第1位受賞。
札響、名古屋フィル、関西フィル他オーケストラと協演。国内外の音楽祭に参加。斎藤建寛、向山佳絵子、山崎伸子、中木健二、E・ブロンツィ、D・モメルツ各氏に師事。東京藝術大学、同大学院を修了。ザルツブルク・モーツァルテウム大学、ミュンヘン・音楽演劇大学にて研鑽を積む。紀尾井ホール室内管弦楽団メンバー。東京都交響楽団首席チェロ奏者。東京藝術大学非常勤講師。

(c)T.Tairadate

【Information】
東京交響楽団
東京オペラシティシリーズ 第142回

2024.11/15(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

出演
指揮:ジョナサン・ノット
オルガン:大木麻理
チェロ:伊藤文嗣
ピアノ:務川慧悟

曲目
リゲティ:ヴォルーミナ
ハイドン:チェロ協奏曲第1番 ハ長調 Hob.VIIb:1
モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K.271「ジュノム」

問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511
https://tokyosymphony.jp

他公演
11/16(土) ミューザ川崎シンフォニーホール(044-520-0200)

東京都交響楽団
第1012回 定期演奏会Bシリーズ

2024.12/4(水)19:00 サントリーホール
第1013回 定期演奏会Aシリーズ
2024.12/5(木)19:00 東京文化会館

出演
指揮:大野和士
チェロ:伊東裕

曲目
ハイドン:チェロ協奏曲第1番 ハ長調 Hob.VIIb:1
ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 op.65

問:都響ガイド0570-056-057
https://www.tmso.or.jp