山形交響楽団特別演奏会 さくらんぼコンサート2024

常任指揮者・阪が誘う「1粒で3度おいしい」プログラム

左より:阪 哲朗 ©Kazuhiko Suzuki/辻 彩奈 ©Makoto Kamiya/上野通明 ©Seiji Okumiya

 山形交響楽団が毎年、東京と大阪で開催している「山響さくらんぼコンサート」の2024年プログラムは、常任指揮者・阪哲朗のテイストを強く反映し、非常に凝っている。前半には、ウィーン留学後ドイツ語圏の劇場指揮者を歴任したキャリアを踏まえ、モーツァルトのオペラ《魔笛》序曲とミサ曲ハ長調「戴冠式ミサ」が置かれた。独唱はソプラノの老田裕子だけが神戸市出身と関西人、アルトの在原泉は宮古市、テノールの鏡貴之は盛岡市、バリトンの井上雅人は新庄市と他の3人全員が東北人だ。かつて宗教音楽のスペシャリストとして欧州一円で活躍したテノール、佐々木正利・岩手大学名誉教授が音楽監督を務める合唱団「山響アマデウスコア」もさくらんぼコンサートに初めて同行、大阪公演では阪が第3代芸術監督を務めるびわ湖ホールの声楽アンサンブル、各地のコンクールで上位入賞を続けるパナソニック合唱団も加わる。山響と阪、それぞれのネットワークがモーツァルトに結集する形だ。

 後半冒頭のニキシュ「『ファンタジー』〜オペラ《ゼッキンゲンのトランペット吹き》のモチーフによる」は最も知名度の低い作品と思われるが、日本の西洋音楽導入史と山形県とに深い関わりを持つ。作曲者ニキシュとは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(GOL)カペルマイスター(楽長)を1895年から1922年に亡くなるまで兼務した大指揮者のアルトゥール・ニキシュ(1855〜1922)その人だ。ニキシュは1880年頃からGOLがピットに入るライプツィヒ市立歌劇場のカペルマイスターを務め、1884年5月4日、当時のドイツで人気のあった『ゼッキンゲンのトランペット吹き』の物語を原作にヴィクトル・ネスラー(1841〜1890)が作曲したオペラの世界初演を指揮している。

 オペラは17世紀ドイツの30年戦争末期、トランペット吹きのヴェルナーと貴族令嬢マリアの「身分違いの恋」が成就するまでの実話が下敷きで、大当たりをとった。ドイツ留学中の森鷗外もニキシュが指揮するライプツィヒの上演に接して感動、物語を日本に紹介した。日本初演は2006年10月、山形県長井市民文化会館で行われ、佐藤正浩指揮の山響がピットを担った。明治の文豪と西洋音楽の出会いを研究テーマとする音楽学者の瀧井敬子がドイツのバート・ゼッキンゲン市と長井市の姉妹都市提携に着目して企画、公演監督&ドラマトゥルグも務め、長井での本格上演に漕ぎ着けた。山響が日本初演したドイツのロマン派歌劇、という縁でニキシュの管弦楽編曲は選ばれた。

 最後はブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲。ソリストには2016年モントリオール国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門1位の辻彩奈、2021年ジュネーヴ国際音楽コンクール・チェロ部門1位の上野通明と、いま最も注目され、実力をめきめき上げつつある若手2人を贅沢にも起用した。1つの演奏会に3つの聴きどころが用意され、「1粒で3度おいしい」の極楽を堪能できる。
文:池田卓夫
(ぶらあぼ2024年6月号より)

東京公演での物産展の様子

東京公演
2024.6/20(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
大阪公演
2024.6/21(金)19:00 大阪/ザ・シンフォニーホール
問:山響チケットサービス023-616-6607 
https://www.yamakyo.or.jp