東京オペラシティの同時代音楽企画『コンポージアム』に今年はマーク=アンソニー・ターネジが招かれる。ニューヨークを拠点にヨーロッパでも活躍するジャズ作曲家 挾間美帆と、大学院時代にマイルス・デイヴィスの研究をしていた音楽ライター 小室敬幸による対談の前編では、ターネジ作品に練り込まれたジャズの要素について語ってきた。後編ではターネジの話題から少し離れて、ジャズと現代音楽の関係性について改めて考え直していくようだ。
「この音にはどういう意味があるんですか?」
小室 挾間さんはもともとクラシック一筋だったのに、国立音楽大学の学生ビッグバンドであるNEWTIDE JAZZ ORCHESTRAと出会い、ジャズの世界へ入っていった……と、これまで各所でお話しされています。でもその大学時代にレッスンを受けていたのは、現代音楽の作曲家である夏田昌和先生だったんですよね?
挾間 和声とゼミは丸山和範先生だったんですけど、作曲のレッスンは4年間、夏田昌和先生(1968~ )でした。夏田先生はパリに留学してスペクトル楽派のグリゼーに習った方だったので、ひとつひとつの音を設計するように積み上げて、空間的にその音がどういう意味をもつのかということを注視するんですよ。
レッスンに作曲中の楽譜を持っていくと「この音にはどういう意味があるんですか?」と常に聞き続けられ、答えられなければ書き直さないといけない厳しいレッスンでした。それで分からないなりに一生懸命、まずは図面を書いて、その中に音を落とし込んで曲を書いてみたり、実際に工作して立方体をつくってから音を当てはめたりとかもしていましたね。無調の曲を書いてみたりもしてたんですよ、その頃は。
小室 その経験って今に繋がっています?
挾間 大学卒業後はそういうコンセプトに縛られず、インスピレーションにまかせて自由に作曲していたんです。ところがアメリカのマンハッタン音楽院大学院に留学してビッグバンドの作編曲・指揮で有名なジム・マクニーリー(Jim McNeely/1949~ )の最初のレッスンに楽譜を持っていったら「この音にはどういう意味があるんですか?」って、夏田先生と全く同じことを聞かれたんですよ! 大学の4年間、散々言われ続けてきたことをアメリカの大学院に来てまで言われるって、自分は一体何をやってきたのか? もう本当にそれがショックで……。未だに何かしらかのコンセプトをもとに曲を作ることがあるのは、先生方の影響も強いと思います。
小室 それこそ最近、挾間さんが特集された『情熱大陸』(2024年4月7日放送)のなかで、アントニオ・ロウレイロのために書いていた楽曲も、けっこうコンセプチュアルでしたよね。そういう作曲の仕方は夏田先生とマクニーリー先生に習ったことに繋がっていると。
挾間 でも作曲する上で本当に大事なのはそうしたコンセプトと、自分のエモーショナルなポイントがどういう風に合致できるのか、あるいは出来ないのか? そのすり合わせなんじゃないかなって思うんですよね。
小室 そういう挾間さんの価値観って、実はターネジにも繋がるんじゃないかと思って、今回の対談を挾間さんにお願いしたんですよ! ターネジも幼い頃はクラシック一筋で、学生時代にジャズなどに魅了され、作曲のレッスンでは無調の音楽を書いて苦しんでいた……。生み出される音楽は全然違いますけど、実はけっこう似たような経験をしているといえるんじゃないでしょうか。
現代のジャズにおけるアヴァンギャルド性
小室 そうやって考えていくとターネジという作曲家が高みを目指して登っている山って、現代音楽のど真ん中に位置していないと思うんですよ。むしろ、クラシックや現代音楽の要素を取り入れているジャズミュージシャンが登っている山を、反対から登山しているのがターネジなんじゃないでしょうか。
挾間さんは現代音楽に近いところにいるジャズミュージシャンっていうと、現役世代だとどんな方を思いつきます? ジャズといっていいか、もはや分からないですけどジョン・ゾーンなんかは日本の現代音楽業界でも知られていますし、大御所世代ならワダダ・レオ・スミスとか、かつてはフリージャズに近いミュージシャンが現代音楽と結び付けられてきた歴史がありますが……。
挾間 例えばドラムのタイショーン・ソーレイ(Tyshawn Sorey/1980~ )とか、ピアノのヴィジェイ・アイヤー(Vijay Iyer/1971~ )などですか。私がとても共感を覚えるアーティストでいえば、トランペットのアンブローズ・アキンムシーレ(Ambrose Akinmusire/1982~ )やピアノのサリヴァン・フォートナー(Sullivan Fortner/1986~ )。この2人の音の選び方って、フリージャズとは全然違う意味でアヴァンギャルド(前衛的)で、歴史的にみても新しいんですよ。しかもハートがあって、自然に聴いていて涙がでてくるような音楽を聴かせてくれるので、いつも注目しています。
小室 私もサリヴァン・フォートナーは大好きなので、よく分かります! 昔ながらのジャズスタンダードを弾いても、原曲を尊重しているのに実に新鮮ですもんね。
「ジャズ×現代音楽」は、いつ頃から評価されたのか
小室 さて、この流れでもうひとつ押さえておきたいのが「グラミー賞の最優秀現代音楽作品部門(Best Contemporary Classical Composition)」(1961~66年、1985~現在)を獲ったジャズと関わりのある作品です。何故なら、いつどのような作品がアメリカの現代音楽として評価されたのかという、ひとつの指標になりますので。
そもそもクラシック音楽でも現代音楽でもない分野の作曲家による作品が残るようになったのはこの部門が復活した1985年以降のことです。ジャズではないですけど、1985年にはロックのフランク・ザッパ『The Perfect Stranger』(演奏はピエール・ブーレーズ指揮 アンサンブル・アンテルコンタンポラン)がノミネートされ、翌1986年にはミュージカルのアンドリュー・ロイド=ウェバー『レクイエム』(演奏は指揮がマゼール、歌唱はサラ・ブライトマンやドミンゴなど)が受賞しています。
挾間 そのアルバムじゃないんですけど、ザッパは友達が紹介してくれた(ドイツの現代音楽に特化した団体)アンサンブル・モデルンとのアルバム『THE YELLOW SHARK』(1993)を最近聴いてビックリしたんですよ! よく知らないまま長年食わず嫌いだったので、こんなカッコいい音楽があったんだって驚きました。
小室 そしてジャズミュージシャンでは1986年にチック・コリア『Septet』(室内楽で全6楽章、40分近い大作)、そして1993年にはフリージャズの周辺でピアニストとして活動していたアンソニー・デイヴィスのオペラ『マルコムX』、1996年と1997年は“サード・ストリーム”で知られるガンサー・シュラーの作品がノミネートされているんですが、全て受賞には至っていません。
ところが2014年に突如として、マグヌス・リンドベルイ、アルヴォ・ペルト、サロネン、キャロライン・ショウといった錚々たる顔ぶれのノミネートをおさえて、ビッグバンド(ラージアンサンブル)の世界に新たな領域を切り拓いたマリア・シュナイダーが受賞しているんですよね。受賞したアルバム『Winter Morning Walks』はソプラノと室内オーケストラが演奏する連作歌曲です。実際のところ音楽の中身はけっこう違いますけど、それでも挾間さんにとってマリア・シュナイダーはいわばロールモデルとなった存在でしたよね?
挾間 マンハッタン音楽院大学院に留学したひとつの理由は、マリアがマスタークラスを受け持っているからだったんですよ。彼女のオーケストレーションは本当に独特で、ビッグバンドなのにまるで弦楽セクションがいるように聴こえるんです。
そして弦楽器でマリア・シュナイダーを演奏しても、やっぱり彼女独自の音になるんです。アルバム『Winter Morning Walks』の後半に収録されている《Carlos Drummond de Andrade Stories》をカーネギーホールで聴いて、驚いたことを覚えています(2011年5月、ニューヨーク初演)。例えば、スティーヴ・ライヒの音楽って、聴けば一発でライヒだって分かるじゃないですか。マリアも同じで、彼女にしかない音を持っているのが一番尊敬するところですね。
小室 マリア・シュナイダーは影響を受けたクラシックの作曲家のひとりにアーロン・コープランドを挙げていましたし、《Carlos Drummond de Andrade Stories》に関していえば、ブラジルのエイトル・ヴィラ=ロボスやエグベルト・ジスモンチとか、ラテンアメリカの系譜にも繋がる抒情性が醸し出されていますよね。広くアメリカ大陸で生まれた歌曲の歴史にも連なる作品であるようにも思えます。
一方、アルバムタイトルにもなっている《Winter Morning Walks》の方は全9曲あって、そのうちの一部にはピアノの弦をミュートする奏法があったり、マリア・シュナイダーらしからぬノイジーなサウンドが登場したりと、珍しく現代音楽に接近している作品でした。
挾間 私は《Carlos Drummond de Andrade Stories》が天才的だと思っていて、もっと再演されるべきですし、本当に名作だと思う。オーケストラという編成が書けているということは大前提で、普段とは違う編成で書いても彼女の音がするんだということが一番凄いですね。やはり作曲家なんだなあと思います。
小室 いつどのような作品がアメリカの現代音楽として評価されたのかという観点でいえば、「ピューリッツァー賞 音楽部門(Pulitzer Prize for Music)」も指標になります。簡単にまとめれば、まず1994年に「サード・ストリーム(第三の流れ)」というコンセプトで、ジャズとクラシック(現代音楽)を混ぜた新しい音楽を生み出そうとしていたガンサー・シュラーの作品が受賞しています。シュラーはターネジの創作に多大な影響を与えた恩師でもあるんですよ。
挾間 確かにガンサー・シュラーと近い雰囲気は、ターネジ作品の随所で感じられますね。
小室 そして1997年にはウィントン・マルサリスがビッグバンドとヴォーカルという編成で作曲したオラトリオがジャズミュージシャンとして初めてこの賞を獲得。その後は2007年にフリージャズの巨匠オーネット・コールマン、更に2018年にはヒップホップのケンドリック・ラマーのアルバムが受賞して話題になりました。マリア・シュナイダーも2021年にノミネートされていますし、挾間さんが先ほど名前をあげられたタイショーン・ソーレイは2023年と2024年に連続してノミネートされ、なんと今年、ワダダ・レオ・スミスに捧げた《アダージョ》という作品でピューリッツァー賞を受賞しました。
このようにグラミーにしてもピューリッツァーにしても1990年前後からジャズの要素が入ったクラシックや現代音楽を、評価しようという機運が出てきたのは間違いなくて。しかも90年前後はシュラーやアンソニー・デイヴィスといった不協和音を基調とした作品が多かったのに、それらに比べて明晰な音楽が2010年代以降には評価されていっている。実はターネジの作風変化もこの流れに近いんですよね。ピューリッツァー賞の音楽部門は対象をアメリカ人の作品に限定しているので、英国人のターネジがここに入ってくることはないんですが、アメリカ人だったら絶対どちらかにはノミネートしていたはず。
挾間 とはいえターネジの作品はやっぱりイギリスの音楽だなって私は感じたんですよ。作品に組み込まれているユーモアもイギリスっぽさ満載ですよね! 同じ英語圏でもアメリカは歴史も浅く、もっともっと単純明快です。
小室 でもその浅さゆえに文脈を深く共有する必要がなく、アメリカ発のあれやこれやがユニバーサルに世界へと広がったのかもしれないですね。
挾間 イギリスが培ってきた重厚な歴史のバックグラウンドの上にある音楽で、そこにはジャズのエッセンスも入っている。それがターネジの音楽なのではないかと私は思いました。
挾間美帆 Miho Hazama|作・編曲、指揮
国立音楽大学およびマンハッタン音楽院大学院卒業。2012年、ジャズ作曲家としてメジャーデビュー。2014年、出光音楽賞受賞。2016年米ダウンビート誌「未来を担う25人のジャズアーティスト」、2019年ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100」に選出。アルバム『ダンサー・イン・ノーホエア』が2020年米グラミー賞ノミネート。2019年からデンマークラジオ・ビッグバンド首席指揮者、2020年にはオランダのメトロポール・オーケストラ常任客演指揮者に就任。
2023年、デビュー10周年記念アルバム『ビヨンド・オービット』リリース。同作は、2024年4月ミュージックペンクラブ音楽賞ポピュラー部門最優秀作品賞を受賞。
https://www.jamrice.co.jp/miho/
小室敬幸 Takayuki Komuro|音楽ライター
茨城県筑西市出身。東京音楽大学付属高校および同大学・同大学院で作曲と音楽学を学んだ後、母校の助手と和洋女子大学の非常勤講師を経て、現在は音楽ライター。クラシック、現代音楽、ジャズ、映画音楽を中心に、演奏会やCDの曲目解説やインタビュー記事などを執筆し、現在は『音楽の友』『PEN』『ハーモニー』で連載をもっている。また現在進行形のジャズを紹介するMOOK『Jazz The New Chapter』に寄稿したり、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演したりしている。共著に『聴かずぎらいのための吹奏楽入門』『commmons: schola〈音楽の学校〉vol.18 ピアノへの旅』(ともにアルテスパブリッシング)。趣味は楽曲分析。
【Information】
〈コンポージアム2024〉
マーク=アンソニー・ターネジ トークセッション
2024.5/21(火)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/マーク=アンソニー・ターネジ、沼野雄司(聞き手)
マーク=アンソニー・ターネジの音楽
5/22(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/ポール・ダニエル(指揮) 東京都交響楽団
ストラヴィンスキー:管楽器のサンフォニー(1920年版)
Stravinsky: Symphonies of Wind Instruments (1920 version)
シベリウス(ストラヴィンスキー編):カンツォネッタ op.62a
Sibelius (arr. Stravinsky): Canzonetta op.62a
ターネジ:ラスト・ソング・フォー・オリー(2018)[日本初演]
Turnage: Last Song for Olly (2018)
ターネジ:ビーコンズ(2023)[日本初演]
Turnage: Beacons (2023)
ターネジ:リメンバリング(2014-15)[日本初演]
Turnage: Remembering (2014-15)
2024年度 武満徹作曲賞 本選演奏会
審査員:マーク=アンソニー・ターネジ
5/26(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/杉山洋一(指揮) 東京フィルハーモニー交響楽団
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
https://www.operacity.jp