トップオーケストラの音楽家たちはいったいどんな話をしているのだろう? 「ぶらあぼONLINE」特別企画としてスタートした「オーケストラの楽屋から」、今回は2度目の登場、NHK交響楽団です。首席チェロ奏者の辻本玲さんの呼びかけに、オーボエ首席の吉村結実さん、トランペット首席の菊本和昭さん、打楽器の黒田英実さんの3人が集まってくれました。世代も近い関西出身4人衆の本音と本気が入り交じる楽しいトークをどうぞ。
ぶらあぼONLINE特別企画:オーケストラの楽屋から
普段なかなか見ることのできないアーティストの素顔や生の声、意外な一面などを紹介していきます。音楽家としてだけでなく、“人”としての魅力をクローズアップし、クラシック音楽をより身近に、そして深く楽しんでもらいたい、そんな思いを込めたコーナーです。
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vol. 3 時差を“読む”
辻本 次は時差の話。チェロでも、あとから聴いたときに良かった、成功したなと思うときは、ちょっと早めにやってるとき。やっぱり聴いて反応してると、行って帰って、オレたちが遅れた分がまた向こうに帰っていって、ヴァイオリンにもすごく悪く影響する。それがあんまり良くない。オケが停滞するのって聴きすぎもあると思うし、時差って大敵だなと思う。そういうときってちょっと心地良くはないっていうのかな、真ん中で合ってることを信じて、音楽がこっちで流れるというような感覚を意識してるんだけど。それこそもっと後ろにいると、心地いいの? 気持ち悪い?
菊本 問題発言かもしれないですけど、時差は全く気にしない人なんですよ。すみません。
一同 (笑)
辻本 特に金管なんてもう吹けばもう「そこ!」みたいな。やっぱり王者的なものがあるから。
菊本 いや、王者にもいろいろありますからね。
一同 (笑)
菊本 僕は京都市交響楽団からN響に来て、試用期間、オーディション中ですけど、そのときくらいから変わりましたね。ボウイングを見るっていう。そういう概念が以前は全くなかったので。僕は吹奏楽でトランペットを始めてるから、吹奏楽部っていうのは、先生の指揮のここ(打点)で音が出るって教わってるわけ。でも、オーケストラって、(一瞬、間があって)ジャーンみたいになったりするじゃない。そうすると、指揮だけ見てたらあかんねんなって。ブルックナーのときに、初めてマロさんに睨まれたと思った。それであとで聞いたら、「いや、見てるんだよ」って言われて。やっぱり音を聴いて合わせてたら、絶対にもうそこで時差、心の時差が起きてしまっている。僕的には弦楽器や打楽器の人たちは、音が出るところが目に見えるじゃない? でも僕ら管楽器は見えないじゃないですか。「せーの、パーン」とかやったりすることもあるので、(視覚が)すごい頼りになる。
辻本 ふーん。
菊本 チェロは背中しか見えないから難しいんやけれども、見えるところにいるヴァイオリンとヴィオラの人たち、視界に入ればコントラバスも、弦楽器の人たちのボウイングで一緒に出れば大丈夫って思うように。
辻本 それは同時に? ちょっと前にやるっていうのは?
菊本 それはあんまり。たまにやるけれども、基本的にはやらない。だから古典ものをやるときはトランペット2本とティンパニってなったら、横にティンパニがいてくれるとめっちゃありがたいんですよ。音が出るタイミングが目に見えるので。時差自体は基本的にあんまり気にしてない。
黒田 楽器のせいもありますよね。こう叩いても(タンバリンを叩いて実演)、叩いた瞬間に音出てないんですよ。叩いて落ちた皮から振動がきて、これがシャンってなって音が出るから、自分が思ってるタイミングよりもやっぱりちょっと遅い。この時点でちょっとバシャンっていうから、自分が「タッタタタタ タッタタタタ」って思っていても、やっぱりこの時点でもう遅いんですよ。だから自分の中でだいぶ目盛りを上げて、前に行っておかないと遅れます。この楽器のせいでもあるし、時差のせいでもあるんですけど。
辻本 それはもう後から答え合わせするしかない?
黒田 だいたいは。でも感覚でわかってくる感じはあるかな…。常に、ちょっとだけメトロノームの目盛りを早くしておく。この一番先にいるっていう感覚。なので、けっこう感覚的なものですかね。
菊本 聞いた話ですけどね、かつてN響に松﨑裕さんという伝説のホルン奏者がいらっしゃって。松﨑さんは、コンマ1秒ずっと早いねんて。
黒田 そうそう。そういう感覚。
菊本 僕は松﨑さんと1回しかご一緒したことがないんだけど、常に0コンマ1秒早い。それをキープしてんねん。これって神業やと思うんやけど。そんなことできる人、他に聞いたことない。
辻本 オーボエは?
吉村 比較的真ん中にいますけど、やっぱり聴いたら絶対遅れるので。例えば1stヴァイオリンと同じメロディを演奏することがよくあるけど、そのときはちょっと積極的に行ったら合ってることが多いかな。もちろん見ますけど、見て合わせると、だいたい遅くなってることが多いから、音楽的にもちょっと積極的にやるように意識はしてる。
辻本 弦楽器って束になって座ってると、やっぱり前の人と後ろの人でもものすごい時差はあるから。
吉村 私たちの目の前にチェロとかヴァイオリンとかいらっしゃるから、前が見えないときに後ろの人も頼りにしていることがたくさんあります。
黒田 でも1回後ろで弾いてみてほしいですよ。
辻本 ほんま?
菊本 前後を逆転してほしい。
黒田 やってみてほしい。えええええっ!?ってなると思う(笑)
一同 (笑)
辻本 セクションでもやっぱり後ろに座ると、それはまた時差とは違うけど、やっぱり1人ぼっちになっちゃうから。オレの場合、(前にいて)後ろからみんな弾いてくれるし、弦の他の首席陣のコンタクトもとりやすいけど、チェロ・セクションの一番後ろに座ってるときって、前の音が聴こえない。だから本当に1人ぼっちで弾いてるような感じ。すごく怖いですよ。
菊本 せやね。ほんま、だから大きい音がする楽器はどんどん後ろに配置されるわけですけど、そうするとやっぱりトゥッティになったときに、前の音はもう聴こえない。そうすると視覚でどうにかするしかないんやけど、でも合わせようと思って合わせたら、絶対そこで時差が生まれちゃう。音楽の素敵なところっていうのは、スコアを読めば誰がいま何やってるかって知ることができるじゃないですか。相手の心はわかんないけど何をやるかは事前に知ることができる。
一同 (笑)
菊本 これは本当に素晴らしいことだと思うんです。だから合わせるというよりか、合ってたらいいなっていう。あなたと一緒だったらいいなっていう気持ちでいられるのが良いオーケストラなのかな。なんつって(笑)
一同 (笑)
辻本 このあいだの井上道義先生の「バビ・ヤール」のときのバスの人(注:2月A定期に出演したアレクセイ・ティホミーロフ)。
菊本 バスのでかい人?
辻本 そう。オレが1列目にいてもほとんど聴こえなくて。それこそ向こう(客席)向いてるし。もう顎の動きを見るしかない。自分もソロを弾いたときに、なかなか合わなかったりした経験があるけど、実際ソリストってどれぐらい聴こえるもんなんだろう。
黒田 背中のオーラってありますよね。
辻本 背中、あぁなるほど。
菊本 あと、本当に人によってめっちゃ聴こえたりする。例えばピアニストでも。すごく聴こえるピアニストいるのよ。あれはすごいなと。でも見えるときはタッチも見るようにはするし…。やっぱり一緒に演奏してると聴こえはしない。でもそれをできるだけ自分が吹いていても、その主役である人が聴こえている状況は作ろうと思います。ここで聴こえてたら絶対向こうでも聴こえてるし、って信じています。
吉村 信じることが大事ですよね。本当に。
菊本 本当に仲間を信じることがね。
辻本 いつもチェックするん? 『クラシック音楽館』。
吉村 反省、反省。
菊本 薄目で見てる。あぁ…、おぉ……って(笑)
一同 (笑)
吉村 いや、でもありがたいですよね。ラジオとかテレビとかで自分の音を聴けるって。本当になんか一番いい教材というか。
辻本 そうだよね、本当に。さっきの後ろに座るっていう話。前にいるからみんながうまく弾いても、いま誰が吹いたんだろう?とかあんまりわかんなくて。振り向いたらめっちゃ感じ悪いしでしょ?
一同 (笑)
辻本 いいと思って見てるのに、今の誰かなって。
菊本 そう、僕が就職するとき師匠に言われた。「オケの現場で振り返ってはいけない」って(笑)
一同 (笑)
菊本 首も動かさない。
辻本 そう、だから後ろから見られたら楽しいだろうなって。
菊本 (トランペットは演奏中)休み多いんですよ。
黒田 休み多いです、すみません。
菊本 でも、いかに集中力を保つかという言い方をします。いかに眠らないかっていうことなんですよね。リハ中とかね。
一同 (笑)
菊本 そのときはもう、誰かをずーっと見てる。例えば辻本くんをずっと見てたりとか。そうすることによって、集中力を保つこともあるし、こういうことやってんやなっていう。N響の人たちって、もう超一流の人たちなわけですから。その人たちがどんなことをやってるかっていうのを間近で見られるんだっていう。これはね、仕事しながら勉強になってますよ。いつもありがとうございます。
吉村 ありがとうございます。
一同 (笑)
吉村 いつも拝見してます(笑)
菊本 でも変な言葉が書いてあるTシャツとか着ないでね。笑かしに来ないでね。
辻本 わりといつもTシャツで、でも後ろの柄とかはやっぱちょっと気にしちゃう。あんまり柄が目立たないように。
黒田 素晴らしい気遣い。
菊本 「音出し厳禁」とかで来ると…(笑)
一同 (笑)
(vol.4へつづく)
辻本玲 Rei Tsujimoto
チェロ (首席)
東京藝術大学音楽学部器楽科を首席で卒業後、シベリウス・アカデミー、ベルン芸術大学に留学。2009年ガスパール・カサド国際チェロ・コンクール第3位入賞(日本人最高位)。2013年齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞。
2019年CD『オブリヴィオン』をリリース(「レコード芸術」誌特選盤)。
使用楽器はNPO法人イエロー・エンジェルより1730年製作のアントニオ・ストラディヴァリウスを貸与されている。
公式サイト http://www.rei-tsujimoto.com
吉村結実 Yumi Yoshimura
オーボエ (首席)
東京音楽大学、パリ地方音楽院卒業。第9回東京音楽コンクール第3位、第82回日本音楽コンクール第1位の他受賞。ソリストとして日本センチュリー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団などと共演の他、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」、東京オペラシティ主催「B→Cリサイタルシリーズ」などに出演。ヤマハ音楽留学奨学生。PMFオーケストラアカデミー修了生。 オーボエを高山郁子、宮本文昭、古部賢一、ノラ・シスモンディの各氏に師事。兵庫芸術文化センター管弦楽団を経て、現在NHK交響楽団首席オーボエ奏者。
菊本和昭 Kazuaki Kikumoto
トランペット (首席)
兵庫県出身。京都立芸術大学首席卒業および同大学院首席修了。フライブルク音楽大学、カールスルーエ音楽大学にて学ぶ。賞歴は第19回日本管打楽器コンクール第1位。第72回日本音楽コンクール第1位および増沢賞。E.スミス国際トランペット・ソロ・コンペティション第2位など。京都市交響楽団を経て、2012年よりNHK交響楽団首席奏者。トランペットを早坂宏明、有馬純昭、A.プログ、R.フリードリヒ、故・Dr.E.H.タール各氏に師事。室内楽を呉信一氏に師事。東京藝術大学非常勤講師。大阪音楽大学客員教授。
黒田英実 Hidemi Kuroda
打楽器
大阪府立岸和田高等学校を経て武蔵野音楽大学器楽学科打楽器専攻卒業、同大大学院音楽研究科器楽(打楽器)専攻修了。福井直秋記念奨学生。 在学中よりオーケストラへの客演奏者としての活動を中心に、室内楽やミュージカル、レコーディングなどの各分野で研鑽を積む。第25回日本管打楽器コンクール第3位(パーカッション部門最高位)入賞。ソリストとして日本フィルハーモニー交響楽団と共演。これまでに打楽器を安藤芳広、安藤淳子、小谷康夫の各氏に師事。 武蔵野音楽大学講師。
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