新国立劇場 2023/24シーズンが《修道女アンジェリカ》&《子どもと魔法》で開幕!

大野和士芸術監督が力を入れるダブル・ビル公演の第3弾
テーマは「母と子の愛」

 新国立劇場の2023/24シーズンは、10月1日、新制作によるプッチーニの《修道女アンジェリカ》とラヴェルの《子どもと魔法》のダブル・ビル(2本立て)で開幕。その最終総稽古(ゲネラル・プローベ)が9月29日に行われた。
(2023.9/29 新国立劇場 オペラパレス 取材・文:山田治生 撮影:編集部)

《修道女アンジェリカ》から
前列中央左より:小林由佳(修練女長)、福留なぎさ(労働修道女)、小酒部晶子(労働修道女)、郷家暁子(修道女長)
上段右:キアーラ・イゾットン(アンジェリカ)

 大野和士オペラ部門芸術監督は、これまで1幕物のオペラを組み合わせて上演するダブル・ビルを推進してきた。《修道女アンジェリカ》が入っているプッチーニの「三部作」からは、すでに《ジャンニ・スキッキ》を取り出して、2019年にフィレンツェをテーマに、ツェムリンスキーの《フィレンツェの悲劇》と組み合わせた。

 今回のダブル・ビルのテーマは、「母と子」といえるだろう。《修道女アンジェリカ》では、親の許さない子どもを産んで修道院に入れられてしまったアンジェリカの子に対する思いが描かれ、《子どもと魔法》では、母に叱られてふてくされていた子どもが母の大切さを知る。

前列中央左より:中村真紀(ジェノヴィエッファ)、郷家暁子(修道女長)
今野沙知恵(ドルチーナ)、前川依子(托鉢係修道女)、岩本麻里(托鉢係修道女2)

 また、《修道女アンジェリカ》(1918年初演)と《子どもと魔法》(1925年初演)は、第一次世界大戦後に初演されたほぼ同時代の作品ということができる。プッチーニ、ラヴェル、ともにオーケストラの扱いに関しては大家であり、独自の管弦楽法を持っている。登場人物が女性のみの《修道女アンジェリカ》では、チェレスタ、ハープ、グロッケンシュピール、オルガンを含むオーケストラが繊細で優美な響きを生み出す。一方、《子どもと魔法》は、多種多様な打楽器、チェレスタ、ハープ、ピアノを含むオーケストラによって、おもちゃ箱をひっくり返したような音楽が繰り広げられる。

 演出は粟國淳。新国立劇場では、すでに《ラ・ボエーム》《セビリアの理髪師》《チェネレントラ》などの人気演目を手掛け、好評を博している。今回は、《修道女アンジェリカ》ではどちらかといえば写実的でオーソドックスな舞台を作り、《子どもと魔法》では映像や舞踊を用いた幻想的な舞台を披露した。

 指揮は沼尻竜典。ドイツのリューベック歌劇場音楽総監督やびわ湖ホール芸術監督を歴任するなど劇場経験豊富な、日本を代表するオペラ指揮者の一人である。

左:塩崎めぐみ(修道院長)
左:齊藤純子(公爵夫人) 右:キアーラ・イゾットン(アンジェリカ)

 《修道女アンジェリカ》の舞台は、17世紀末イタリアの女子修道院。前半は修道女たちの日常が描かれる。その後、アンジェリカの叔母である公爵夫人が修道院を訪れる。公爵夫人は、アンジェリカの妹が結婚するので、今は亡きアンジェリカの両親の遺産を放棄し妹に相続するという書類への署名を求めてやってきたのであった。妹の結婚話での音楽の変化や公爵夫人とアンジェリカの感情がぶつかり合う二重唱が印象的。

 そして、7年前に親の許さない子どもを産んで修道院に入れられたアンジェリカは、一番気がかりであった、産まれてすぐに引き離された子どもの安否を公爵夫人に尋ねる。アンジェリカは、子どもが2年前に亡くなったことを知り、アリア〈母もなく〉を歌う。ここからはアンジェリカのほぼ一人舞台となる。

 絶望したアンジェリカは薬草で毒を調合し、あおぐ。しかし彼女は、自殺という大罪によって自分は天国に行けず、子どもにも会うこともできないことに気づき、マリアに救いを求める。アンジェリカは、愛する子どもと会うことができるのか? 奇跡は起こるのか? この最後のシーンは、演出家の腕の見せどころである。 

 アンジェリカ役はイタリア出身のキアーラ・イゾットン。私はこれまで、アンジェリカを小柄な修道女だとイメージしていたが、イゾットンは、背が高く、歌声もドラマティック。しかし、未婚で子どもを産んで修道院に入れられた女性は、これくらい感情豊かな方が役として合っているのかもしれない。彼女が歌う〈母もなく〉はこの公演全体のなかでの一番の聴きどころ。公爵夫人は齊藤純子。どれだけ威厳をもって振る舞うかに注目。

《子どもと魔法》より 右:クロエ・ブリオ(子ども)

 《子どもと魔法》は現代の家庭が舞台。宿題をしていないことを母に叱られた子どもがふてくされてまわりの物に八つ当たり。自分は「自由で、悪い子だ!」と叫ぶ。そこから、肘掛け椅子、安楽椅子、柱時計、ティーポット、中国茶碗、暖炉の火、本の世界のお姫様、算数などの“逆襲”が始まる。そして、部屋から庭に出た子どもは、自然の木や動物たちに“復讐”される。それでも子どもがリスの傷の手当をしたことから、子どもと自然は和解。子どもは「ママ」と呼ぶ。

 《子どもと魔法》は1925年に初演されたが、ラヴェルは1917年に最愛の母親を失っていた。このオペラには、ラヴェルの現実の母親への思いが反映されているに違いない。

左より:田中大揮(肘掛椅子)、盛田麻央(安楽椅子)、クロエ・ブリオ(子ども)
右:河野鉄平(柱時計)
左より:十合翔子(中国茶碗)、濱松孝行(ティーポット)

 今回の子ども役はフランスのクロエ・ブリオ。その繊細な歌声は子ども役にふさわしく、彼女は同役を世界中で歌っている。そのほか、お母さんは、《修道女アンジェリカ》で公爵夫人を演じた齊藤純子が担う。三宅理恵が火やお姫様としてコロラトゥーラを披露。河野鉄平は、柱時計や雄猫で特異なキャラクターを歌う。

 粟國の演出は、映像や多彩な照明を用いて、ファンタジックに、そして分かりやすく舞台を描く。猫の二重唱やカエルの踊りではダンサーを使って、視覚的にも楽しませてくれる(振付は伊藤範子)。とりわけ、緑をふんだんに使った庭のシーンでは、人間と自然との共生を考えさせられるであろう。

左:三宅理恵(お姫様)
青地英幸(小さな老人)
上段左より:十合翔子(とんぼ)、田中大揮(木)、三宅理恵(夜鳴き鶯)

 また、中国茶碗が歌う中国語っぽい歌詞の中に“腹切り”や“早川雪州”(20世紀前半に国際的に活躍した映画スター)などの日本語が交ざっているが、現代から見れば、それは子どもの家庭の中にも多国籍な文化が入り込んでいたことの象徴ともいえる。

 粟國の《子どもと魔法》は、母と子、自由(わがまま)と責任(罰)、人間と自然の共生、エコロジー、多様な文化、など現代の様々な問題を想起させる。

 2つの演目を通して、沼尻竜典&東京フィルは、プッチーニとラヴェルのそれぞれのオーケストレーションを適格に再現してみせた。特に《子どもと魔法》では、沼尻がバラエティに富んだ音楽を見事に描き分けていた。

左:盛田麻央(こうもり)
中央:杉山由紀(りす)

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Information

新国立劇場 オペラ 2023/24シーズン
《修道女アンジェリカ》《子どもと魔法》(新制作)
 
2023.10/1(日)14:00、10/4(水)19:00、10/7(土)14:00、10/9(月・祝)14:00
新国立劇場 オペラパレス
 

指揮/沼尻竜典 
演出/粟國 淳 
管弦楽/東京フィルハーモニー交響楽団
 
出演/
《修道女アンジェリカ》
アンジェリカ:キアーラ・イゾットン 
公爵夫人:齊藤純子 
修道院長:塩崎めぐみ
修道女長:郷家暁子 
修練女長:小林由佳 
ジェノヴィエッファ:中村真紀
オスミーナ:伊藤 晴 
ドルチーナ:今野沙知恵 
看護係修道女:鈴木涼子
托鉢係修道女1:前川依子 
托鉢係修道女2:岩本麻里 
修練女:和田しほり
労働修道女1:福留なぎさ 
労働修道女2:小酒部晶子
《子どもと魔法》
子ども:クロエ・ブリオ 
お母さん:齊藤純子 
肘掛椅子/木:田中大揮
安楽椅子/羊飼いの娘/ふくろう/こうもり:盛田麻央 
柱時計/雄猫:河野鉄平
中国茶碗/とんぼ:十合翔子 
火/お姫様/夜鳴き鶯:三宅理恵
羊飼いの少年/牝猫/りす:杉山由紀 
ティーポット:濱松孝行 
小さな老人/雨蛙:青地英幸
 
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:世田谷ジュニア合唱団
 
問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/suorangelica/