鐵百合奈(ピアノ)

演奏と研究を通して独自の視点でベートーヴェンの核心に迫る

(c)井村重人

 若手ピアニストのなかには演奏以外にもさまざまな分野で才能を発揮する人がいるが、鐵百合奈はピアニスト・文筆家・研究者という多彩ぶりを発揮し、2017年と18年に2年続けてベートーヴェンに関する論文で柴田南雄音楽評論賞(本賞)を受賞した。子どものころから読書家で、ピアノのレッスンのときも先生とともに楽曲分析をしていたという。

 「小学5年生のときにベートーヴェンのピアノ・ソナタの楽譜に出合い、先生とソナタ形式について話し、それがとても興味深く、全曲を弾いてみたいと夢見るようになりました」

  そんな長年の夢が実現したのは、2019年から22年2月にかけて美竹清花さろん(東京・渋谷)で開催された8回のベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会。並行して録音も行い、3月21日に上巻(5枚組)がリリースされる。

 「高校に入って人生が大きく変わり、読む本やレッスン内容にも変化が訪れました。やがて大学ではさまざまな先生から教えを受け、自分が書く文章も変化し、いまは音楽と文字は密接なものと考えています。私は奏者と聴衆がともに音楽を分かち合い、一方が能動的、他方が受動的という形ではなく、演奏会ではともに音楽に参加するという空気を生み出すことを理想としています。この全曲演奏会ではプログラムノートも執筆していますが、回を重ねるごとにお客さまの意識や共感が増し、温かな雰囲気に包まれて演奏できました。今回はベートーヴェンのピアノ・ソナタを8つのテーマに分け、独自のタイトルを付しています。各々のソナタのなかに共通項を見出し、それに沿って分けていきました。子どものころにピアノ・ソナタ第1番を練習していたときには、ひとつの物語のように書かれていると感じました。以来、ソナタを研究・分析し、シューマン、シューベルトの作品などについても、その内奥に迫ろうと考えています」

 実は、この全曲演奏を開始するには、年齢が大きなキーワードの役割を果たした。

 「ベートーヴェンがソナタ第1番を作曲したのは25歳のとき。私もそれに因み、25歳のときに全曲演奏に踏み出しました。ベートーヴェンは偉大な作曲家ですが、作品を深く掘り下げていくと人間性も浮き彫りになり、ネジが外れているところなども発見でき(笑)、興味は尽きません。すべてのソナタが攻めの姿勢で書かれ、生きる力をもらうことができる。25歳で始めたということは未来を見据え、後期に向かって進むことを意味しています」

 上巻の収録曲は「熱情」「ワルトシュタイン」などを含む全16曲。鐵自身による読み応えのあるブックレットとともに、彼女の視点で解き明かされるベートーヴェンをたっぷりと味わいたい。
取材・文:伊熊よし子
(ぶらあぼ2022年4月号より)

鐵百合奈 シューベルトからシューマンへ 第1回
2022.9/17(土)18:00 東京/美竹清花さろん
問:美竹清花さろん03-6452-6711
http://yurinatetsu.com

CD『ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集 上巻』
N&F NF29503/7(5枚組)
¥オープンプライス
2022.3/21(月・祝)発売