若手が一流音楽家たちと舞台を創り上げる世界屈指の教育プログラム
いよいよ3月18日に初日を迎える今年の小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト。京都・東京・横須賀で計4公演が予定されている。本番を1週間後に控えた11日、ロームシアター京都を訪ね、歌手陣とオーケストラ、ダンサーが揃って進められるリハーサルの様子を取材。スタッフ一丸となって舞台が創り上げられていくプロセスを見学することができた。
取材・文:横原千史
21年目を迎える小澤征爾音楽塾。今年のオペラ・プロジェクトXVIII 喜歌劇《こうもり》は、当初2020年に予定されていたが、コロナ禍のため今年にずれ込んだ。今回のプロダクションは、2016年と同じで、メトロポリタン・オペラのオットー・シェンクの演出、舞台装置、照明、衣裳の豪華な舞台をオリジナルとして、デイヴィッド・ニースが新たに演出し直したもの。歌手たちもMETなどで活躍する一流の布陣だ。音楽塾オーケストラは、例年国内外から広く募集されるが、今回は国内組のみで、オーディションで選抜された20代前半中心の優秀な若手奏者たちで構成される。長い時間をかけて、じっくりオペラに取り組む優れた教育プログラムでもある。
今回の《こうもり》で注目のひとつは、指揮者ディエゴ・マテウス。彼は音楽塾では初登場だが、サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)の指揮台に何度も立って小澤征爾とは親しい関係にあり、N響や読響も指揮している若手の注目株である。マテウスは、フェニーチェ歌劇場の首席指揮者を務め、ペーザロ・ロッシーニ・フェスティバルで指揮するなど、オペラ経験は豊富だ。彼はベネズエラ出身のドゥダメルの後輩で、「エル・システマ」オーケストラでヴァイオリンを弾いていて、音楽塾のような学生オケも知悉している。
マテウスに音楽塾の取り組みについて話を聞いた。「私自身エル・システマの出身なので、学生の教育をサポートしたいです。音楽塾は海外から高いレベルの歌手を呼び、指導をする優秀な先生方がたくさん揃っている。このような環境でオーケストラを、しかもオペラを上演するというのは、ヨーロッパでも聞いたことがない。稀有な取り組みに関われて嬉しく思っています」。学生の上達ぶりをオーブンで焼くお菓子に例えて説明する。「たまに生焼けだったり、たまに焼きすぎだったりということもあるけれど、回を重ねるごとに上手くなり、最後にはきちんと美味しいものが出来上がる」と語るように、若いオーケストラは、やればやるほど良くなっていくという。また《こうもり》は「オペレッタという明るい作品なので、特に今世界的にこういう状況の中でこそ、こういう楽しい気持ちになれる作品をお届けしたい。この数年間、コロナで音楽家は、一緒に演奏することが制限されて、本当に難しい状況にあったので、もう一回こうやって演奏できる幸せ、楽しさ、嬉しさを表現したいです」と意気込みを語る。
音楽塾の学生たちは、3月上旬から東京でみっちり練習を積み、3月10日からは京都ロームシアターの中で、さらに密度の濃いリハーサルを重ねている。筆者の取材した日は、午前中はコントラバス(講師:池松宏)、フルート(同:岩佐和弘)、オーボエ(同:宮本文昭)、クラリネット(同:山本正治)の分奏が、それぞれSKOメンバーでもある一流の演奏家の指導の下で行われ、オペラ経験の浅いメンバーのために副指揮者・村上寿昭による《こうもり》の詳細なレクチャーもあった。午後は本番会場のロームシアター京都のメインホールで、第2幕が通して演奏された。まずは舞台上の動きのない音楽リハーサル、2回目は歌手も合唱も動きをつけて、ダンサーの踊りも加わり、3回目は細部をチェックしながら稽古を重ねる。マテウスの的確な指揮の下で、次第に良くなっているのが実感できる。
例えば、アデーレが「家の小間使いに似ている」と言ったアイゼンシュタインをからかう歌で、最初はテンポとリズムの緩急がしっくりと合わないのが、合わせるコツをつかめるようになると、音楽に軽妙で生き生きとした表情が付いてくる。ロザリンデとアイゼンシュタインの二重唱でも、回を追うごとに、気分の細かい変化が表現され、二人の胸の高鳴りがひしひしと伝わるようになる。チャールダーシュでも、アンサンブルの精度が上がるにつれて、中間部のゆったりとした旋律(とファゴットの下降の合いの手)の美しさが増し、後半の前のめりのリズムによる高揚が一層効果的になる。最後のリズムはマテウスが何度か繰り返して、オケの合奏精度を高める。フィナーレの友情を讃える重唱のしみじみとした味わいや、ワルツによる陽気な大団円でのリズムの切れ味やウキウキとした気分の高まりが、着実に進化して聴き手に伝わるようになる。
音楽塾の若者たちの成長のスピードには目覚ましいものがある。それはわずかなリハーサルに接しただけでも、十分に実感できた。その後さらに稽古を重ねて、音楽塾のオーケストラも合唱団も本番でどれほどの演奏を聴かせてくれるか、大いに楽しみである。エリー・ディーン(ロザリンデ)、アドリアン・エレート(アイゼンシュタイン)、アナ・クリスティー(アデーレ)、エミリー・フォンズ(オルロフスキー公)ら優れた独唱陣、メトロポリタン・オペラの豪華絢爛な舞台、デイヴィッド・ニースの粋な演出、そして何よりもディエゴ・マテウスの若々しく情熱的な指揮による《こうもり》!! 小澤征爾音楽塾の総力を結集した舞台の本番が待ち遠しい。そこにはコロナ禍の憂さと不安な世相を吹き飛ばしてくれるような熱気と感動があり、シャンパンの泡のような爽やかな後味を残してくれることだろう。期待はますます高まる。
取材協力:ヴェローザ・ジャパン
【Information】
■小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXVIII
J.シュトラウスII世:喜歌劇「こうもり」[全3幕]〈原語(ドイツ語)上演/字幕付〉
◎京都公演
2022.3/18(金)18:30
2022.3/20(日)15:00
ロームシアター京都 メインホール
◎東京公演
2022.3/24(木)15:00
東京文化会館 大ホール
◎横須賀公演
2022.3/27(日)15:00
よこすか芸術劇場
出演
ロザリンデ:エリー・ディーン
ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン:アドリアン・エレート
アデーレ:アナ・クリスティー
アルフレート:ジョン・テシエ
オルロフスキー公:エミリー・フォンズ
ファルケ博士:エリオット・マドア
フランク:デール・トラヴィス
ブリント博士:ジャン=ポール・フーシェクール
イーダ:栗林瑛利子
フロッシュ:イッセー尾形
音楽監督:小澤征爾
指揮:ディエゴ・マテウス
演出:デイヴィッド・ニース
装置:ギュンター・シュナイダー=シームセン
衣裳:ピーター・J・ホール
照明:高沢立生
振付:マーカス・バグラー
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管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ
合唱:小澤征爾音楽塾合唱団(合唱指揮:根本卓也)
バレエ:東京シティ・バレエ団