クラウス・マケラ | 世界を変える新世代(ニューカマー)指揮者たち 第1回

text:奥田佳道

【 序文 】
いつの時代も若手指揮者はいる。しかし今、欧米の檜舞台を行き来する新世代、名乗りを挙げ始めた若手は、かつての伸び行く俊英、才媛とは違う価値観やパワーをもっている。国籍も背景も様々だ。伝統に寄り添いつつ、魔境を開拓するのか。あるいは、オペラやオーケストラの「あり方」をも変える、何か新しい美学を披露するのか。当欄ではクラシック・シーンの主役を演じ始めた、今どきの若手指揮者に光をあてることにした。

第1回 クラウス・マケラ (Klaus Mäkelä)

C)Heikki Tuuli

北欧が生んだ天才児

ガラス状の外観も鮮やかな内装も旅行者を喜ばせるヘルシンキのミュージックセンター。長らくヘルシンキ音楽シーンの象徴だったフィンランディアホールのお隣に建つ。中央駅からも、文化施設が点在する目抜き通りマンネルヘイム通りからも近い。

オープンから早8年。ミュージックセンターの顔となる1700席のコンサートホール──フィンランド語でTalo、スウェーデン語でHusetをベースとするフィンランド放送交響楽団(yle、RSO)の年間ラインナップにも、この若者の名があった。大胆かつ明晰な音楽観と思慮深さをあわせもつ最年少マエストロの名が。

チェリストとしても素晴らしいクラウス・マケラ。1996年生まれ。86年生まれではない。普通なら音大生、よくて国際的な指揮者コンクールや副指揮者のオーディションに通った頃で、駆け出しも駆け出しだが、すでにマケラはスウェーデン放送交響楽団の首席客演指揮者、フィンランドの名門タピオラ・シンフォニエッタのアーティスト・イン・アソシエーション、古都トゥルク音楽祭の芸術監督に迎えられている。年寄りの筆者など、何かカラクリがあるのではないか、と勘繰りたくなってしまう。

とくにカラクリはない。ロンドンの大手音楽マネジメントと契約し仕事に恵まれていることは事実だが、マネジメントの後押しや人脈、スポンサーの意向だけで拓けるキャリアではない。

昨秋さらなるポストの発表があった。クラウス・マケラ、2020/2021シーズンからオスロ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者兼アーティスティック・アドヴァイザーに就任。

これ大ニュースだ。どんなに才能や実力があっても、どこかの国や地域では考えられない人事である。

フィンランド出身の名指揮者で作曲家、名伯楽でもあるレイフ・セゲルスタムの言葉を思い出す。ピエタリ・インキネン(1980年生まれ)やサントゥ=マティアス・ロウヴァリ(1985年生まれ)の名を挙げつつ、巨漢のセゲルスタムは微笑んだ。

「みんなライヴァルです。私だって同僚のオッコ・カムだって、若者に負けていられません。でもね。みんな違うでしょう。だからジェラシーはありません。私が好きな言葉をお教えします。フィンランドの、ある世代以上の人たちが使ってきた言葉です。“優れた若者が現れたならば、彼の翼に風を送ろう”、です」

マケラは多くの先輩同様、ヘルシンキのシベリウス・アカデミーで学ぶ。ジョヴァンニ・グランチーノの銘器を貸与されたチェリストとして頭角を現わしつつ、指揮活動を積極的に展開。行く先々のオーケストラで認められ、リピーターとなった。

2018年5月、サントリーホールでの東京都交響楽団プロムナードコンサートにシベリウスの「レンミンカイネンの帰郷」と交響曲第1番を携えて登場した。これが日本デビューとなった。

都響デビューはマネジメントの推薦だろうが、フィンランド放送響の首席指揮者で都響への客演経験もあるハンヌ・リントゥの後押しもあったのでは、と夢をみたくなる。ちなみにマケラ、2016年10月の東京ニューシティ管への客演はキャンセルされていた。

この3月中旬、クラウス・マケラはフィンランド放送響でバッハ=ウェーベルン、バッハ=ベリオ、メンデルスゾーンの「スコットランド」に腕を揮い、4月はリヨン国立管弦楽団、5月にはすでになじみのトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団に赴き、その後パリ管弦楽団にデビューを果たす。パリでは、ジョン・アダムズの人気曲で若手指揮者がここぞという場面で取り上げる「ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン」とショスタコーヴィチの交響曲第5番だ。フィルハーモニー・ドゥ・パリの客席は、指揮のジェスチャーも華やかなマケラをさてどう聴くだろうか。

Klaus Mäkelä 公式ウェブサイト
https://www.klausmakela.com/

profile
奥田佳道(Yoshimichi Okuda)

1962年生れ。ヴァイオリンを学ぶ。ドイツ文学、西洋音楽史を専攻。ウィーンに留学。1993年からNHKの音楽番組に出演。現在『オペラ・ファンタスティカ』パーソナリティのひとり。ラジオ深夜便『クラシックの遺伝子』、MUSIC BIRDに出演中。著書に『これがヴァイオリンの銘器だ』他。