オペラ夏の祭典2019-20 Japan⇔Tokyo⇔World《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

ワーグナーの大作が16年ぶりに日本で舞台上演

ザクセン州立歌劇場公演から(2020年) (c)Semperoper Dresden / Ludwig Olah

 「マイスター」(英語ではマスター)は、ここではパン屋、仕立屋など、手に職を持った親方のこと。「ジンガー」(英語でシンガー)は、ここでは歌作りの「規則」を習得した詩人・歌手を指す。従って「マイスタージンガー」は、そのいずれをも兼ね備えた優秀な親方職人であり芸術家ということになる。彼らは15〜16世紀に、ニュルンベルクを中心に栄えたドイツ芸術の担い手であった。

 この「詩歌作りの規則」はすこぶる厳正複雑なものだったため、次第に硬直化を免れなくなる。その規則の壁に挑む若い騎士ヴァルター(実際には恋愛の事情も絡んでいるのだが)と、その自由な発想に共感し彼を支援するリーダー格の靴屋の親方ハンス・ザックス(歴史上実在の敬愛された人物)を中心に描かれる物語が、この《ニュルンベルクのマイスタージンガー》なのである。

 ワーグナーらしい深遠な内容を持つ作品だけに、古今さまざまな解釈に基づき、さまざまな演出がなされ、それがまた楽しみのひとつだ。今回の名匠イェンス=ダニエル・ヘルツォークの演出はどうか? ネタバレはまずいので、ここでは「物語の舞台を中世の街から現代の歌劇場に置き換え、親方ハンス・ザックスをその監督として描いた演出」とだけ申し上げておこう。オペラ・ファンなら、これでおおよその見当はつくはずである。

 これはザルツブルク・イースター音楽祭とザクセン州立歌劇場と東京文化会館および新国立劇場の共同制作プロダクションで、日本でも昨年6月に初演されるはずだったが、新型コロナ蔓延のため延期されていたものだ。なお新国立劇場の方でも、今年11〜12月に上演の予定である。なにしろこの大作が日本で全曲演奏されるのは2013年の「東京・春・音楽祭」での演奏会形式上演以来8年ぶり。実際の舞台上演に至っては、2005年秋に新国立劇場と、来日したミュンヘン・オペラにより相次いで上演されて以来、実に16年ぶりになるのだ! それほどにレアな機会である。オペラ・ファンなら、断じて逃すテはない。

ザクセン州立歌劇場公演から(2020年) (c)Semperoper Dresden / Ludwig Olah

 出演者は右頁の通り。オペラに長じた大野和士が全力を挙げてプロデュースし、自ら指揮を執るのがまず聴きものである。そしてドラマの中心人物ザックスには、すでに新国立劇場で《ヴォツェック》や《さまよえるオランダ人》の各題名役で陰翳ある歌唱を聴かせたトーマス・ヨハネス・マイヤーが来てくれるのがうれしい。筆者の第一のお奨めはベックメッサーを歌い演じるアドリアン・エレートだ。この人は巧い。何年か前のバイロイト音楽祭での《マイスタージンガー》で彼が同役を演じた際の、「堅物の教授」から前衛芸術家に変身するあたりの演技の巧さには舌を巻いたものである。なお今回は日本勢も多数参加で、ヴァルターとベックメッサーが思いを寄せるヒロインの少女エーファに林正子が起用されているほか、パン屋の親方コートナーに青山貴、銅細工師フォルツに妻屋秀和など、主役級の歌手たちが脇役を固めていることも楽しみのひとつだ。

 音楽はワーグナー芸術の粋。長いが壮大である。大勢のソリストと、合唱(群衆)が大活躍する。第2幕の幕切れの大乱闘場面での複雑な合唱、第3幕大詰めの華麗な歌合戦、管弦楽(東京都交響楽団)のサウンドなど、もう魅力満載だ。
文:東条碩夫
(ぶらあぼ2021年8月号より)

2021.8/4(水)、8/7(土)各日14:00 東京文化会館
問:東京文化会館チケットサービス03-5685-0650
https://www.t-bunka.jp/stage/10110/

2021.11/18(木)16:00、11/21(日)14:00、11/24(水)14:00、11/28(日)14:00、12/1(水)14:00
新国立劇場 オペラパレス
問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/diemeistersingervonnurnberg/