ぶらあぼONLINE新コーナー:海の向こうの音楽家
テレビなどで海外オケのコンサートを見ていると「あれ、このひと日本人かな?」と思うことがよくありますよね。国内ではあまり名前を知られていなくとも、海外を拠点に活動する音楽家はたくさんいます。勝手が違う異国の地で、生活に不自由を感じることもたくさんあるはず。でもすベては芸術のため。このコーナーでは、そんな海外で暮らし、活動に打ち込む芸術家のリアルをご紹介していきます。
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第3回は、6月23日〜7月2日スペインで開催されていたホセ・イトゥルビ国際ピアノ・コンクールで、第3位に入賞した鈴木隆太郎さん。栄光学園を経てパリ国立高等音楽院やヴィルサラーゼのもと研鑽を積んだ俊英。急遽出場することになったコンクールの舞台裏をレポートしていただきました。
文・写真:鈴木隆太郎
とある、いつもお世話になっている方の所でゆっくりと時を過ごしていた午後、見知らぬ番号から着信があった。スペインからの番号だ。電話を取ると、「ホセ・イトゥルビ国際ピアノ・コンクールです」と。
実は半年以上前に補欠である旨連絡をもらってはいたのだが、よもや連絡など来るまいと思っていた。それが、辞退者が出て僕に順番が回ってきたと。
嬉しさ反面、よく考えてみるとなんとコンクールまであと1週間!しかも2時間半のソロプログラム、協奏曲2曲、さらにコンクールのために書かれた13分の新曲の譜読みと、冷静だったならばほぼ確実に手を出せていない条件だった。僕より前に連絡を受けた補欠の皆も、今更言われてもと断ったのは当然だったろう。しかし何故か、失うものは無いではないか、と不思議なエネルギーに見舞われて、一度は断ったもののすぐに連絡をし直し、「やります!」と答えたのだった。
いざ準備を始めてみると、それはもう想像を絶する大変さだった。言葉通りの不眠不休。曲が1つでも形になると、手当たり次第に友人知人に連絡をして自宅試弾会をしてもらった。特に新曲など、ろくに完成の見通しも立たぬままホテルと便を予約し、いざバレンシアへ!
幸いスペインは言葉も通じるし、特にバレンシアには幾度か来たこともある。暖かい陽光に迎えられ、おいしく食べて飲みながら、現地入り後も毎日練習室を漁った。疲れと興奮でほぼ非現実感の中、4ラウンドを通過し、最後のグランドフィナーレに選ばれた。さすがに最終ラウンドではへとへとになっていたが、光栄なことに第3位とベートーヴェン協奏曲賞を頂いた。
もう自分でも信じられない経験だったが、これは確実に今後の糧になるという自信が、賞以上に重要な収穫だったかもしれない。
鈴木隆太郎(ピアノ)
1990年、鎌倉生まれ。2000年全日本学生音楽コンクール小学生の部第1位。2008年に栄光学園高等学校を卒業後、渡仏。同年、パリ国立高等音楽院に首席で入学し、ブルーノ・リグットとオルタンス・カルティエ=ブレッソンに師事。第3高等過程ではミシェル・ダルベルトとミシェル・ベロフにも師事した。現在は、イタリアのフィレンツェでエリソ・ヴィルサラーゼのもと研鑽を積んでおり、パリを拠点に演奏活動を行っている。
3歳よりピアノを始め、山下亜紀子、日比谷友妃子、横山幸雄、浦壁信二、平井京子、ガブリエル・タッキーノに師事したほか、マレイ・ペライア、セルジオ・ペルティカローリ、ヴィクトア・トイフルマイヤー、フィリップ・アントルモン、ウラディーミル・クライネフ、ドミトリー・バシキーロフ等のマスタークラスを受け、薫陶を受けた。
これまでに、2015年にイル・ド・フランス国際ピアノ・コンクール第1位、カンピージョス国際ピアノ・コンクール第2位、エミール・ギレリス国際ピアノ・コンクール第2位となり、2017年にヴァルティドネ国際音楽コンクール第2位、トビリシ国際ピアノ・コンクールで2つの特別賞を受賞した。2021年、第21回ホセ・イトゥルビ国際ピアノ・コンクールで第3位入賞および最優秀ベートーヴェン協奏曲賞に輝く。
また、大友直人指揮東京フィルハーモニー交響楽団のほか、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、コロンビア国立交響楽団、パリ音楽院管弦楽団、ルイジアナ・フィルハーモニー管弦楽団、オデッサ国立管弦楽団等のオーケストラと共演している。フランスをはじめヨーロッパ各地で音楽祭への出演やリサイタルを開催し、フランス国営ラジオでの公開録音コンサートなどでも高評を得る。室内楽でも五嶋龍と共演を重ね、2020年には全国13都市でのリサイタル・ツアーに帯同した。2017年、クラヴェス・レーベルよりデビューアルバムをリリース。2020年、オルトゥス・レーベルから、ドビュッシー、イベール、尾高尚忠の作品を収録した2ndアルバムをリリースし、グラモフォン誌をはじめ各誌から高評を得る。