アンリ・バルダ(ピアノ)

遥かなる高みを目指すベテランが貫く確固たるポリシー

(C)Jean-Baptiste Millot

 フランスの名手、アンリ・バルダ。歳を重ねても演奏には生気が宿り、自由な遊び心にあふれている。秘訣を尋ねると、「そう? そんな演奏を目指しても思い通りになったことはないし、完全に満足できたこともない。もし自伝を書くなら、題名は『Eternity plus one month(永遠にあと1ヵ月必要)』。いくら準備しても、本番前はあと1ヵ月あればいい演奏ができるのにとずっと思っているからね」と言って笑う。

 今年80歳、ベテランながら常に高みを目指し続ける。今度のリサイタルでは、モーツァルト、ベルク、ドビュッシー、ラヴェル他を演奏する。
 「ベルクのソナタは大好きな曲。op.1の作品で、彼のキャリアのスタートにふさわしいものでした。後半のドビュッシーとラヴェルも、私にとって重要な作曲家。こうした作品を通して聴き手の心を動かしたいというのは、誰もが願うことです。演劇界のある人物は、観客の心を動かすには、演者の心が動いていてはいけないと言いましたが、私は反対です。聴き手に涙を流させたいなら、私も泣いていなくてはならない。ペダルを多用しすぎず、決して急がず、時間を使って弾くことも大切です」

 来日中には「イマジン七夕コンサート」にも出演。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を演奏する(川本貢司指揮 東京交響楽団)。
 「これも、走らせずゆっくりした表現を目指したい。全楽章、作曲家の天才性が発揮されていますから、細部まで聴いてほしい。単純な幸せ、悲しみよりもずっと複雑な感情があります。ラフマニノフは、幼少期の思い出を語る最高の方法を知っていました」

 演奏中は「自分の指が作曲家の指でありたい。そして楽譜は大切だが、楽譜に服従すべきではない」と話す。
 「ピアニストは、作曲家が頭の中で聴いていた音楽を表現すべき。つまり彼らがペンで書く前の音楽を感じて弾かなくてはなりません。私は、作品を解釈するという考えも好きではありません。それは、作品の内容をちゃんと理解できていれば、余計な解釈を加えずとも、自然と正しい“話し方”ができるはずだから。例えば実際話をするとき、だんだん大声にしようと思いながらボリュームをあげて話しても、ただのバカらしい言い回しにしか聞こえない。話者が近づくとか、徐々に興奮することによって、自然なクレシェンドになる。これは音楽も同じ。作品自体にどうしたいか決めさせたほうがいいのです」

 確固たるポリシーのもと生まれるバルダならではの音楽を、存分に味わいたい。
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2021年6月号より)

第17回 イマジン七夕コンサート 巨星ラフマニノフ
2021.7/7(水)19:00 サントリーホール

アンリ・バルダ ピアノ・リサイタル 
2021.7/15(木)19:00 紀尾井ホール

問:コンサートイマジン03-3235-3777 
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