「フーガの技法」の録音は刺激的ですばらしい体験でした!
「現代のピアノによってのみ到達し得るバッハ演奏の美」を体現する近藤伸子が、バッハの晩年の最高傑作と称される「フーガの技法」を録音した。バッハの音楽は楽器を限定せず奏者の自由裁量に任せる部分がとても多いが、今回の留意点はどんなところだろうか。
「『フーガの技法』を弾いてみるまでは、学術的作品であり、一台の鍵盤楽器による通し演奏には向かない曲ではないか、室内オーケストラ的な編成で演奏した方が曲が生きるのではないか、などと悩みました。しかし、取り組むうちに、鍵盤楽器によってぜひとも演奏され、聴かれるべき曲であるという確信を得ました。ベートーヴェンの『ハンマークラヴィーア』を弾いたときと同様に、“これぞ天才の作品だ!”というわくわく感と興奮のなかで練習でき、刺激的ですばらしい体験ができることの幸福感を味わいました」
レコーディングではどのような版を使用し、実際の録音に関しての様子と内容は…。
「バッハの生前に決定稿が出版されていないため、曲の配列、最後に置かれることの多い未完のフーガ『コントラプンクトゥスⅩⅣ』が本当にこの作品に属する曲なのかなど多くの問題があります。自筆譜やバッハの死後息子のC.P.E.バッハらが出版した楽譜をもとに現在さまざまな版が出版されていますが、バッハ自身の意図はわかっていません。このため曲の配列をどうするか。いくつかの選択肢があるわけです。1、カノンをまとめて弾くか分けてコントラプンクトゥスの間に挿入するか 2、未完のフーガを演奏するかどうか、演奏するならバッハの残した楽譜通りで中断するか補筆された形で演奏するか 3、C.P.E.バッハによる出版譜の最後に置かれたコラールを弾くかどうか、などです。私はコントラプンクトゥスⅠ〜ⅩⅢ のあとにまとめて4曲のカノンを演奏し、未完のフーガを最後に置いてバッハの書いた音で中断し、コラールは弾かないかたちで録音しました」
バッハの演奏法、解釈、表現などの変遷はどのようなものだったのだろうか。
「ピアノによるバッハの演奏は、以前はレガート奏法が主流でしたが、最近は古楽の隆盛もありノンレガート系の演奏が増えています。自分が受けた教育や先入観、固定観念に縛られず、楽譜から読み取れることや時代背景についての考察を基盤に、タッチやアーティキュレーションを自由に選んでいけたらと考えています。バッハの主要作品を全曲演奏する機会を得て次第に楽譜の読みが深くなったと実感し、ひとりの作曲家を徹底して追いかけることの面白さと充実感を味わうことができました」
取材・文:伊熊よし子
(ぶらあぼ2021年5月号より)
コジマ録音
ALCD-9214, 9215(2枚組)
¥3740