白井圭(ヴァイオリン)伊藤恵(ピアノ)シューベルト&シューマンの夕べ

室内楽の名手による“音楽の対話”を楽しむ

左:白井 圭 右:伊藤 恵 (C)Shumpei Ohsugi

 ウィーンを拠点に国際的に幅広い活動を展開し、昨年からNHK交響楽団のゲスト・コンサートマスターに就任した白井圭と、日本を代表するピアニストである伊藤恵の共演でリサイタルが開催される。白井は「Trio Accord」に「シュテファン・ツヴァイク・トリオ」といったピアノ・トリオをはじめ、南西ドイツ放送交響楽団のメンバーを中心とした弦管混合アンサンブルの「ルートヴィヒ・チェンバー・プレイヤーズ」のメンバーであり、神戸市室内合奏団でコンサートマスターを、「レボリューション・アンサンブル」では音楽監督も務める。特に室内楽の分野で目覚ましい活躍を見せるヴァイオリニストである。華麗で、曇りのない澄んだ音色は、一度耳にすれば忘れることができないほどの存在感を放つ。そして演奏は歌心に溢れていながら、決してそれに溺れることがない。旋律の流れ、その裏にあるハーモニーはもちろん、それを細部まで理解したうえで多彩なニュアンスを駆使していき、音楽を立体的に構築する。これは楽譜を深く読みこみ、つねにアイディアを生み出していくからこそ可能なことであろう。だからこそ、白井の演奏は、ソロはもちろんのこと、アンサンブルによって魅力がさらに広がっていくのである。

 伊藤恵は作品への深い洞察と愛情あふれる演奏で多くのファンを魅了するピアニスト。ミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ部門で日本人初の優勝を飾って以来、国内外のオーケストラとの共演、リサイタル、室内楽など、多彩な演奏活動を続けている。ドイツ、オーストリアの作曲家を中心としたレパートリーで多くの聴衆を魅了してきた彼女だが、全曲録音を完成させたシューマンと、主要曲の録音を完成させたシューベルトについては特筆すべきものがある。伊藤の演奏からは、つねに“思考”が見える。作品に誠実に向き合い、楽譜に書かれた作曲家のメッセージを一つも逃すことなく、音へと昇華させていく。しかもそこには“こうでなくてはならない”というものは全くなく、音楽との対話を楽しんでいることが伝わってくる“あたたかさ”に常に包まれているのだ。

 今回のリサイタルにはそんな二人の魅力が全開となる、シューマンとシューベルトのデュオ作品が並ぶ。冒頭を飾るのはシューベルトのヴァイオリンのための「ソナチネ第1番 op.137-1」。小規模ながらシューベルトらしいのびやかな歌を楽しめる作品で、ユニゾン部分も多く、アンサンブルは非常に難しい。二人の息の合った演奏を存分に楽しめるだろう。それに続くのはシューマンの2つのヴァイオリン・ソナタ。こちらは昨年リリースされたCDにも収録されており、すでに素晴らしい演奏を聴かせてくれている。「ヴァイオリン・ソナタ第1番 op.105」は協奏曲ふうの作品。ヴァイオリニスト、ピアニスト両者に高度な技巧が求められる。第1楽章、第3楽章では華麗な音型の連続だが、白井、伊藤は超絶技巧も音楽表現へと見事に昇華させ、圧巻の演奏を聴かせてくれる。「ヴァイオリン・ソナタ第2番 op.121」は室内楽作品にも名曲の多いシューマンらしく、ヴァイオリンとピアノのやりとりが非常に緊密な作品である。多彩な表現のアイディアと互いの演奏へのリスペクトに溢れた二人だからこその演奏を聴かせてくれるはず。CDでは強弱のコントラストや、“語る”ことを意識したフレージングの美しさで作品の本質を捉えた演奏をすでに聴かせてくれている。プログラムの最後を飾るのはシューベルトの「幻想曲ハ長調 op.post.159」。シューベルトらしい美しい旋律も登場するが、力強い表現にも満ちた意欲作。スケールの大きな作品だが、変化に富んでおり、細やかな表現が次々に求められる。白井と伊藤がどのように魅せてくれるのか、期待が膨らむ。
文:長井進之介

2021.2/10(水)19:00 Hakuju Hall
問:クレオム03-6804-6526
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