務川慧悟(ピアノ)

覇気漲る俊英がデビュー・アルバムに込める思い

C)Masatoshi Yamashiro

 2019年のロン=ティボー=クレスパン国際音楽コンクール第2位入賞をはじめ、数々の輝かしい成績を収め、国際派のピアニストとして着実な歩みを見せる務川慧悟が、ついに日本でのソロ・デビューアルバムをリリースする。今年2月の収録で、ショパン、ラフマニノフにブーレーズという、非常に新鮮な作曲家の組み合わせが務川らしい。

「今回のプログラムの中心はブーレーズの『アンシーズ』です。これはロン=ティボー国際コンクールのために勉強したもので、傑作なのはもちろんですが、もし数年弾かずにいたら弾けなくなってしまうかもしれないほど難しい作品です。だからこそぜひ、今残しておきたかったのです」

 ショパンでは若き日に書かれたボレロにバラード第1番とノクターン第18番を選曲。
「まずボレロは最近のお気に入りです。青年期だからこその情熱や甘酸っぱさを感じます。同時期のバラード第1番を挟み、作風の変化を感じていただくこと、そしてラフマニノフへの橋渡し…という意味も込めて、最晩年のノクターンを選曲しました」

 最近は反田恭平との共演で、ラフマニノフ「2台のピアノのための組曲第2番」の素晴らしい演奏を聴かせてくれた務川。このアルバムでもラフマニノフの「楽興の時」は、彼の研ぎ澄まされた技巧と多彩な音色を味わえる。留学先がフランスということもあり、フランスもののイメージが強いが、ロシアものはよく弾いていたという。
「ラフマニノフは東京藝術大学在学中にかなりよく弾いており、強い共感を持って弾ける作曲家です。留学以来弾く機会が減っていましたが、今回、ぜひ弾きたい! と選びました」

 務川らしい想いの詰まったアルバムだが、さらに“裏”コンセプトも教えてくれた。
「素晴らしく明るい色彩に満ちたところから、次第に淡く霞み、最後にはまったく無機質なところへと落ちてゆく…というコンセプトを忍び込ませました。ボレロは太陽が真南に輝く昼、ノクターンは夕暮れ。ラフマニノフでは白黒の映像で、寒く暗い景色が浮かびます。そしてブーレーズは、色彩という概念すらなくなり、ほとんど“計算”の世界です。このCDを制作している頃は、まだ世の中がこのようなことになるとは想像もしていませんでしたが、こうした状況下だからこそ、お聴きいただくことで“何か”を感じてもらえるのではないかと思います。前向きな気持ちとは正反対のものをお感じになるかもしれませんが、それが何かを考えるきっかけとなって、皆様の日々に“彩り”を添えることができたら、これほど幸せなことはありません」
取材・文:長井進之介
(ぶらあぼ2020年10月号より)

CD『ショパン ラフマニノフ ブーレーズ』
コジマ録音
ALCD-7253
¥2800+税