若林 顕(ピアノ)

深化を続けるヴィルトゥオーゾが奏でる幻想的な世界

C)Burkhard Scheibe
 スケールの大きな表現と高い技巧で定評のある、ピアニストの若林顕。ベートーヴェンやブラームスなど「シンフォニックな要素の強い」音楽に長らく取り組んできたが、それに加えて近年は「ピアノで歌や色、遠近感を表現する」ため、さらなる探究を続けているという。

 そんな中、今度のリサイタルには、幻想的でロマンティックなプログラムを選んだ。
「冒頭はラフマニノフの『楽興の時』。空間的な浮遊感、過去や未来も漂うようなファンタジックな世界を表現したいです。続くシューマンの『幻想曲』は、作曲家の葛藤や苦悩、一瞬の夢が複雑に屈折しながら混ざり合うところに、えもいわれぬ美しさがあります。昔から魅せられてきた作品で、弾くたびに感じ方が変わっている。音を出すうえでの可能性は無限です。ファンタジーの世界を追求し、私が今できる最高の演奏を届けたいと思います」

 後半はラヴェル「水の戯れ」とショパン「24の前奏曲」。
「ようやくここ2、3年、フランス的な色彩感、風のような音楽の移ろい方をとらえ、自由になってきた気がしているのです。自分の中で裏付けを感じ、壁を取り除けたという感覚でしょうか。ショパンの全曲シリーズ演奏会に取り組んだことも大きかったです。さまざまな表現に挑戦しながら、リズム感、左手のあり方やメロディの際立たせ方、ツヤの種類について考えたことで、こう弾きたいということが具体的になっていきました」

 ヴァイオリニストで妻の鈴木理恵子との共演も大きな影響を与えているという。
「彼女にインスパイアされ、眠っていたものが掘り起こされるのです。自分の中にある正反対のものが目覚め、混ざり合っていく。とても楽しい瞬間です」

 東京芸術劇場コンサートホールという空間で、ソーシャルディスタンスを保った上での公演。「ミクロとマクロを融合させた表現で、遠さが感じられないような親密な空気にできたら」と話す。

 最後に、演奏会を通じて届けたいことを聞いた。
「作曲家が波乱の人生から絞り出すように生んだ作品には深みがあり、後世に残ります。私はピアニストとして、こうした作品を少しでも理解し、経験と重ねあわせ、自分の感動として伝えていきたい。今も現実社会で、みなさんさまざまな境遇にいらっしゃると思います。困難の中にいる方の心に染み込むものをいかに奏でるか。前向きなエネルギーが届くことを祈って弾くこと。これは音楽家として、忘れてはならないことだと思っています」
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2020年10月号より)

若林 顕 ピアノ・リサイタル2020
2020.11/23(月・祝)14:00 東京芸術劇場コンサートホール
問:アスペン03-5467-0081 
https://www.aspen.jp