仲道郁代(ピアノ)

音楽家の「十字架」に深く思いを込めて

C)Taku Miyamoto

 ピアニスト・仲道郁代が自身の演奏活動40周年と、ベートーヴェンの没後200年を迎える2027年に向けて継続中のプロジェクト「Road to 2027」。第3回は、彼女が「十字架のソナタ」と呼ぶベートーヴェンのピアノ・ソナタ21番「ワルトシュタイン」を軸としたプログラムが演奏される。

「曲のモティーフから全体像を分析するのは故・諸井誠先生に教えていただいた手法です。私には、同じ音の連打が横線で、主音から属音への上行下行が縦線となって十字架を形作っているように見えます。同じ音を叩いていると、粛々と進んでいかなければならない人間の営みを、一方で上行下行にはそれを切り裂くようなエネルギーを感じるのです。
 有名な『ハイリゲンシュタットの遺書』は『ワルトシュタイン』が書かれた前年の1802年に書かれました。実際に見てみましたが、小さな紙の裏表に小さな字がびっしり。最初は『耳が悪くなってもう生きていけない』とあるのに、後半になると『神から与えられた使命があるから芸術家として生きていこう』という宣言に変わっているんです。『ワルトシュタイン』も、そんな前向きなエネルギーに満ちています。
 第22番のソナタは『ワルトシュタイン』と『熱情』の間の訳のわからないソナタなどと言われているけれど(笑)、実は『ワルトシュタイン』と同じ調、同じリズムが巧みに隠されていたりして、非常に意味深な橋渡しになっていると思います」

 後半のショパンとシューマンの曲も、彼らが背負っていた十字架を意識して選んだという。

「ショパンの十字架とは、離れたまま戻れない祖国ポーランドへの愛。今回弾くのは彼が書いたノクターンの中で最も大きな作品(op.48の2曲)で、そこに深い思いがあるのではないでしょうか。一方、シューマンの十字架はクララとの恋愛です。ソナタ第3番は結婚したいのに引き離されてしまった時に書かれたソナタで、彼の夢や絶望が込められています。彼らがそれぞれどのように自分の『十字架』と向き合い、ケリをつけていったのかを聴ける曲ばかりなのです。
 以前の私は自分が思い描くベートーヴェン像に縛られ、それに近づこうとしていました。今は『私はこのようにベートーヴェンをとらえます』と、自分が主語になってきましたね。彼が人生や音楽について真剣に考えたことに私も向き合い、ピアニストとしてだけではなく音楽家・芸術家として何をしていくか考える。その過程を大切にしながら2027年までの道のりを歩んでいきたいと思っています」
取材・文:千葉 望
(ぶらあぼ2020年5月号より)

*新型コロナウィルス感染症の感染拡大を考慮し、本公演は中止となりました。
振替公演についての詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。

Road to 2027 仲道郁代
ピアノ・リサイタル 音楽における十字架
2020.5/17(日)14:00 サントリーホール
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 
https://www.japanarts.co.jp