意欲的な録音とライヴで示す独自の世界観
ソリストとしてもアンサンブル奏者としても厚い信頼を寄せられているピアニスト長尾洋史が、新たな録音シリーズを始動させた。その名も『ピアニズム』。シンプルにしてストレートなタイトルのもと、第1弾と第2弾を続けてリリースする。1枚目はバッハの「ゴルトベルク変奏曲」、2枚目はドビュッシーの「前奏曲集」全曲だ。時代も国も音楽的書法もまったく異なる2作品である。
「バッハとドビュッシーの音楽はたしかに違うけれど、共通項も多くあり、どちらもいわゆるロマンティックな音楽ではありません。私自身、どんな作品に対しても『感情』という側面からアプローチすることは絶対になく、その音楽がどう演奏されるべきなのかを客観的に探り、それに沿って弾くというのが基本的な姿勢です。その意味でロマン派よりも、バッハやドビュッシーに惹かれるのかもしれません。いずれこのシリーズにシューマンなども加えたいとは思いますが、ロマン派の音楽に対しても、自分の感情がどうとか、自分のものにしてしまおうなどとは思えません。音楽とは、自分のものにしたと思った瞬間に、手のひらから逃げていってしまうものなのです」
バッハの演奏に大切なのは「中庸さ」だと長尾は語る。
「過去の名人たちの演奏には、変奏ごとにテンポや音色や強弱を変えてメリハリをつけているものもありますが、私はこの作品に一貫して感じられる“機嫌のよさ”や“音楽の喜び”が、全体に行き渡っているようなものにしたかった。ですから、ものすごい興奮や、沈み込むような表情をつけようという発想はなかったですね。バッハの音楽を前にジタバタしても仕方がありません。奏者の『その人らしさ』は結果的に滲み出たとしても、ひけらかすものではありませんから」
ドビュッシーは、子どもの頃から「死ぬほど好きな作曲家」だったという。
「レコードで聴いた『牧神の午後への前奏曲』にヤラれちゃってね(笑)。私は北海道の根室標津に生まれ、美幌育ち。ピアノは小学5年生までずっと独学でしたが、ドビュッシーのピアノ曲は、練習曲集と『映像』以外、すべて自分で弾いていました」
レコーディングは、ドビュッシーが愛したベヒシュタインのピアノがある新潟県の魚沼市小出郷文化会館で行った。
「素晴らしい環境の中、音の伸びや減衰が美しいピアノでレコーディングができました。私は音の消えかかるところ、切るところを大事に考えています。音が上手に切れたら、空白が生きる。空白が生きると、次に来る音への期待が高まる。そんな音楽づくりを大切にしています」
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2020年2月号より)
*新型コロナウイルスの感染症の拡大防止の観点から、本公演は中止、振替公演開催となりました。
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
長尾洋史 ピアノリサイタル
2020.4/4(土)15:00 東京/プリモ芸術工房
問:プリモ芸術企画03-6421-6917
https://primoart.jp
CD『ピアニズム1 J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988』
NIKU-9025
CD『ピアニズム2 ドビュッシー:前奏曲集 第1巻&第2巻』
NIKU-9026 2020.2/10(月)発売
レック・ラボ(録音研究室) 各¥2800+税