アレクサンドル・デスプラ(作曲)

映画音楽の巨匠が川端文学をオペラ化、いよいよ日本初演!

C)Lacombe

 たとえば、さざ波や雫などを思わせる音型、ノスタルジーや抒情性あふれる旋律が記憶に残る「シェイプ・オブ・ウォーター」——知ってか知らずか、数々のアレクサンドル・デスプラの映画音楽を耳にしたことのある人は多いだろう。グラミー賞の映像音楽部門やアカデミー賞作曲賞などメジャーな賞を受賞してきた彼は、フランス人としての細やかさやエスプリを持ちながら、ハリウッドでも活躍する世界的な映画音楽の作曲家である。

 そのデスプラがこのたび、初めてオペラの作曲に挑んだ。今年2月26、27日ルクセンブルク大劇場で世界初演、3月2、3日パリのブーフ・デュ・ノール劇場でフランス初演が行われた室内オペラ《サイレンス》である。原作は川端康成の短編『無言』。公私にわたる長年のパートナー(アートディレクターでもある)で、ヴァイオリニストのソルレイ(ドミニク・ルモニエ)とともに、数年前読んだこの小説に惹かれ、題材として選んだ。

 いわゆる“オペラらしいオペラ”を好まないデスプラにとって「この川端の短編の、淡々としたトーン、幻想性、曖昧さは理想的」であったようだ。とくに「『無言』に登場する作家が、脳卒中により言葉を失い、書けなくなったことと、数年前、脳の手術の後遺症でソルレイの左手の指が以前のように動かなくなってしまったことを重ね、表現手段を失った芸術家はどう生きていくのか、という問いをテーマに掲げた」。

 音楽面では、デスプラはやはり「オペラらしい歌唱法を避けて、できるかぎり、歌手にヴィブラートをかけないよう」に指示している他、ドビュッシーやプーランクを思わせる、フランス語が聴き取りやすいシンプルな旋律を用いている。直接的な「ジャポニスム」を避けながらも、日本的な繊細さ、日本の伝統音楽の要素を抽象的に取り入れ、なおかつミニマル・ミュージック的な反復の多用、あるいは旋法(彼の映画音楽のような明らかな調性ではなく)といった要素を多々混じり合わせた器楽パートは、とても詩的である。そこには、川端の小説世界と日本文化への敬愛の念、そして独自の美学が見事に融合されていたと言えよう。

 彼によれば、「《サイレンス》は、映画音楽とは違って、作曲家である私と演奏家であるソルレイの作りあげた」舞台であり、「音楽が中心となっていることが重要だった」とのこと。映画音楽に付きものの制約を逃れ、初めて自由につくられたデスプラの歌劇、そして、もともと日本文化に造詣の深い彼の描く川端の世界を、ぜひ多くの人に堪能していただきたい!
取材・文:柿市 如(かきいちゆき)
(ぶらあぼ2019年12月号より)

ボーダーレス室内オペラ/川端康成生誕120周年記念作品
《サイレンス》(フランス語上演/日本語字幕付)日本初演
2020.1/25(土)14:00 神奈川県立音楽堂
問:チケットかながわ0570-015-415  
https://www.kanagawa-ongakudo.com/

他公演
2020.1/18(土) ロームシアター京都 サウスホール(075-746-3201)