トリノ王立歌劇場2013 インタビュー特集

2013年4月13日、トリノ王立歌劇場での歌劇「ドン・カルロ」公演前に音楽監督・指揮のジャナンドレア・ノセダ、ラモン・ヴァルガス、ダニエラ・バルチェローナ、そして、劇場アーカイヴ担当ピエロ・ロッバにインタビューした。

ジャナンドレア・ノセダ

ジャナンドレア・ノセダ

■ジャナンドレア・ノセダ (音楽監督・指揮)

ーー今年はヴェルディ・ワーグナー生誕200年ということで日本でもかなり盛り上がっています。イタリアではいかがでしょう?

オペラの歴史の中でも最も重要な2人の作曲家ですから、イタリアでももちろん盛り上がっていますよ。今年のトリノ王立歌劇場(以下トリノ)のシーズン・オープニング・プログラムは、ワーグナーの「さまよえるオランダ人」でしたし、今日はヴェルディへのオマージュで「ドン・カルロ」を上演します。

ーー来日公演では、前回に引き続きヴェルディとプッチーニが並びます。まさに王道ですね。

イタリアには「勝つチームは絶対に変えない」ということわざがあるのですが、まさにこのことです(笑)。イタリアの音楽の歴史の中でも最も質の高い作曲家2人の作品をセレクトしてみたのです。
完璧なセレクションというと傲慢に聞こえてしまいますが、我々としては、イタリアのプログラムを360度全方位的に紹介したいという思いがあるのです。ヴェルディの場合は、「トロヴァトーレ」や「リゴレット」などのほうが有名ですが、個人的な意見としては「仮面舞踏会」が最もドラマティックな作品です。そしてそこに宗教曲である「レクイエム」を加えたのです。
プッチーニについては、「蝶々夫人」や「ラ・ボエーム」が良く知られていますが、「トスカ」を含めたこれらの作品は、プッチーニの中で最も素晴らしい作品なのです。ということで、今回は僕の大好きな「トスカ」をセレクトしました。

ーートリノ王立歌劇場の質の高さはどこからくるのでしょう?

トリノは、まじめでプロ意識の高い歌劇場で、音楽関係者とも密接な関係にあります。それでも、オーケストラや合唱団、歌手たちの力を完全に引き出せるようになったのは最近のことです。そしてそのことが、現在の高評価につながってきたと思います。海外公演が可能なのも、劇場の運営がしっかりしているからですし、スタッフが真面目に頑張っているからこそ実現できることなのです。
イタリアの中で最も質の高い演奏を提供できるのが現在のトリノだと思います。

ーーノセダさんの統率力については、出演者やまわりのスタッフまでが称賛しています。
ノセダさんが来てから劇場のストライキがなくなったというのも凄いですね。

ストライキというのは、仕事上のフラストレーションが引き起こすものなのです。
トリノはまだ成長の過程にある歌劇場ですから、劇場で働くことのモチベーションと誇りが、バランスよくまとまっているのだと思います。だから不満もたまらない。

ーーオーディションを積極的に行っているのも質の向上につながっていると思いますが、どのようなシステムなのでしょう?

歌手の場合はごく普通のオーディションを行っていますが、合唱団員の場合はコンクールなのです。セレクションが厳しいということは、もちろん質の高さが求められるという事で、それが歌劇場そのものの質の向上につながってゆきます。

ーー今回の日本公演で「仮面舞踏会」のオスカル役を歌う市原愛さんも、マエストロのオーディションを受けたと聞いています。

はい、その通りです。彼女はとても優れた歌手ですし、我々からの多くのリクエストにも応じることができたのが採用につながりました。歌手の存在は重要です。日本公演に日本人の歌手が出演するというのはとても素敵なことです。日本の聴衆も彼女の活躍を喜んでくださることを期待しています。

ーー現在のトリノは、トスカニーニの時代につぐ黄金時代だと言われています。

トスカニーニは神のような存在です。比較されても困るし、かないっこありません(笑)我々は、神のようなトスカニーニの足跡を後ろから踏んでいくのが務めです。そして、トスカニーニに次ぐ黄金時代かどうかということは、100年後の人々が判断することだと思います。

ーーマリインスキー劇場でも活躍されていますね。

2005年まではマリインスキーで仕事をしていました。長い歴史をもち、国際的にも評価されている劇場での仕事の経験はマリインスキーで積んできたのです。現在はゲスト指揮者として出演していますが、どちらの劇場においても、質の高いものを作りあげて聴衆に提供するという意味ではまったく同じですね。

ーー最後に日本のファンへメッセージをお願いします。

私は日本も日本人も大好きです。日本の方々がイタリアの芸術を好んでくれるのと同じように日本を愛しているのです。特に日本の食事は素晴らしい。今回の日本公演で、トリノの素晴らしさをプレゼントすることが、日本のファンの方々への恩返しになれば幸いです。

ラモン・ヴァルガス

ラモン・ヴァルガス

■ラモン・ヴァルガス

ーー「仮面舞踏会」のリッカルド役とはどのような役柄でしょう?

リッカルドは、おそらくテノールの役の中でも最も好まれる役ではないかと思います。なぜかと言うと、紳士的なキャラクターですし、なによりこの役のために書かれた音楽が素晴らしいのです。
特徴としては、軽やかに生きているのですが、自分のやってきたことを自らの人生で代償してしまう潔さでしょうね。

ーーさまざまな役を演じる中で、感情移入はしますか?

感情移入しにくい役もありますね。例えば「リゴレット」のマントヴァとかね(笑)他にもフィーリングが合わない役はいくつかあります。
その意味ではリッカルドはとても感情移入しやすい役です。

ーーマントヴァは嫌いですか?

嫌いというわけではないのですが、自分自身とはあまりにもかけはなれていてフィーリングが合わない役です。音楽的には非常に素晴らしいのですが、人間的には好ましいものではありませんね。

ーーなるほど、その気持ちはよくわかります。これまで演じてきた役の中で、最も自分にフィットする役はどれでしょう?

オペラの役柄は、文学作品に似ていると思います。つまり演じてや書き手の年齢によって変化するものだと思うのです。その意味では、今歌っている役が今の自分に最もフィットしていると言えるのではないでしょうか。熟成した声が求められるヴェルディの作品が今の自分には合っていると思います。

ーートリノ王立歌劇場(以下トリノ)で歌う意味は?

今回の公演(ドン・カルロ)がトリノで歌う初めての機会です。このとても素晴らしい劇場で歌うことはとてもうれしいことですし、ラッキーだと思っています。
長い歴史のある劇場ですし、ここにはとても素晴らしい聴衆がついています。オーケストラや合唱団も素晴らしい。まさに全ての点においてバランスの良い劇場だと思います。

ーーマエストロ・ノセダとの共演についてはいかがでしょう?

METでの「仮面舞踏会」が初めての共演で、今回の「ドン・カルロ」が2回目です。
マエストロは、自分に自信を持っている方なので、自分が何を追及しているのかがはっきり分かっているのです。なので、指示も明確でとても仕事がしやすい方ですね。

ーー役作りの上での意見の相違などはありましたか?

まったくないですね。プロ意識が高くて真面目な方なので、とても仕事がしやすい。なにかトラブルが発生した時にも丸く収められるので、ぶつかったりしたことは一度も  ありません。このことは、歌劇場だけの話ではなく、すべての世界に共通することではないでしょうか。

ーー日本で歌うことについてはいかがでしょう?

日本ではもう何度も歌っています。そして、日本のファンのあたたかさがとても印象的ですね。今まで日本は、オペラを輸入するだけだったのですが、今では世界に発信するようになったことが素晴らしいと思います。日本人の歌手も海外で活躍される機会が増えましたしね。

ーー今回日本公演で共演するソプラノの市原愛さんはご存知ですか?

これまでレパートリーが重なっていなかったのでまだよく知りません。でも素晴らしい歌手だという話は聞いていますよ。共演が楽しみです。

ーー最後に日本のファンへメッセージをお願いします。

日本はとても居心地がよく、暖かい聴衆がとても印象的です。そして、日本人の真面目さや仕事への意識の高さにはいつもに感心しています。毎回暖かな歓迎をありがとうございます。今回も日本に行くのが本当に楽しみです。

ダニエラ・バルチェローナ

ダニエラ・バルチェローナ

■ダニエラ・バルチェローナ

ーー今回トリノで演じているエボリ皇女役はいかがですか?

実在の人物なのですが、美しくて性格の強い女性です。音楽的にはドラマティックでとても深い役柄ですね。

ーー眼帯をして舞台に立つ役というのもあまりないのでは?

確かにそうですね。でもエボリ皇女は実際に右目がなかったのです。ステージ上では眼鏡もかけられないのに、さらに眼帯をして演じるのは大変です。慣れるのに時間がかかりました(笑)

ーー前回の来日の時にはロッシーニの「タンクレディ」でしたね。我々の中ではロッシーニ歌いのイメージがあるのですが、今回はヴェルディです。

ヴェルディを歌うには熟成した声が必要になります。そして、ロッシーニの歌は体力的にかなりきついものを求められるので、若い頃にしか歌えないレパートリーです。今はちょっと厳しいですね。なので、熟成した声のためのレパートリーであるヴェルディなどを取り入れています。とてもドラマティックな役です。
たいていの歌手は、若い頃にロッシーニを歌います。そして、年齢が上がるに従って声も熟成してヴェルディなどを歌うようになる。それは自然なことだと思いますよ。

ーーロッシーニ歌いのテクニックを持ってヴェルディを熟成した声で歌うとしたら、もう無敵ですね。

そうですね(笑) ヴェルディのキャラは重みとドラマ性を持つものが多いので、感情移入をしすぎないように注意しなければなりません。しすぎると、どうしても声に無理をさせてしまいます。その意味では、ロッシーニ歌いでありながらヴェルディを歌うという気持ちが大事ですね。

ーーバルチェローナさんの理想とするヴェルディヴォイスとはどんなイメージでしょう?

どちらかというとロッシーニの声には計算が必要なのです。それに対してヴェルディの声は、ドラマティックですが、もっと自由に歌うことができます。なので、若い歌手には「若い頃にロッシーニやバロックを歌って、声を痛めないように注意しながら鍛えて経験を積みなさい。そして、もっと自由に歌うためには、声の熟成を待ってからヴェルディを歌うようにすればいい」とアドヴァイスしています。

ーー素晴らしいアドヴァイスです。久しぶりの日本のイメージはいかがでしょう?

3年前に「シンデレラ」のツアーで日本に行くはずだったのですが、事故で足を怪我してしまい、行くことができませんでした。なので、今回は特に楽しみにしています。
日本は素晴らしい国で、友人もたくさんいます。フェイスブックやメールでやり取りをしていますし、彼らもよくイタリアにオペラを見に来てくれるのが嬉しいですね。日本食も大好きです。子供のころには日本へ行くのが夢でした。なので、仕事で日本に行けるようになったことは本当に幸せです。夢が実現したのですね。
日本人は、仕事の面では厳しさと真面目さを併せ持っていて、とても仕事がしやすいです。すべてが時間通りだし、プロ意識高いということですね。
そして聴衆が素晴らしい。オペラへの理解力と知識には驚かされます。そのうえでステージを見に来てくれるということがとても嬉しいです。

ーー日本で歌うヴェルディの「レクイエム」についてはいかがでしょう?

「レクイエム」を歌えることは大きな喜びです。私自身初めて歌ったヴェルディが「レクイエム」なのです。この曲はもちろん、神への祈りなのですから内面的な表現が重要です。そして、薄めの声を使うということも心がけていることの1つです。
これまでに、素晴らしい歌手たちやオーケストラ、合唱団と一緒に何度も歌ってきていますのでとても思い入れの強い曲です。これはもう、この世の歌とは思えません、天国の歌ですね。謙虚に歌うことを心がけます。

ーー最後に日本のファンへメッセージをお願いします。

日本に行くことをずっと心待ちにしていました。素晴らしい皆様に会えることが本当に楽しみです。

ピエロ・ロバ

■ピエロ・ロッバ(劇場アーカイヴ担当)

ーーロッバさんは、トリノ王立歌劇場のことなら何でもご存知だと聞いています。

はい、まずは歴史からお話ししましょう。
トリノ王立歌劇場は、ナポリの劇場と共にイタリアで最も古い劇場です(1740年設立)。当時イタリアはさまざまな国に分けられていて、トリノはサルデニア王国の首都でした。地理的にフランスとスペインの国境にあるため、両国との貿易も盛んで、他のイタリアの街よりもさらに武力と文化が重要視されていたのです。当時は政治力と武力のほかに劇場を持つことが文化的にとても重要でした。なぜなら19世紀にはオペラのほかにエンタテインメントがないということもあったでしょう。そして、ヴェルディやプッチーニなどの音楽家との深いきずなができたのです。ヴェルディは当時世界で最も有名なイタリア人で、1860年のイタリア統一後には、トリノ市の議員にもなっています。そしてプッチーニは、「マノン・レスコー」と「ラ・ボエーム」の初演を、ここトリノ王立歌劇場で行っています。

1885年から1895年の期間は、トスカニーニが音楽監督を務めました。それまでのオペラ観劇は、上映中にしゃべるのは当たり前だし、場内に明かりも灯っていました。イメージ的には軽いエンタテインメントという感じだったのですが、トスカニーニがそれをすべて是正して質の向上を計ったのです。バイロイト祝祭劇場に感化されてオーケストラ・ピットを作ったのもトスカニーニです。当時はバレエも盛んで、スカラ座以上の盛り上がりでした。ところが、1914年に第一次世界大戦が始まり、ファシズムの台頭によってもうオペラどころではなくなってしまったのです。そして、1936年には火事で劇場内部が燃えてしまい外壁だけは残りましたが、空襲によってさらに大きな被害を受けたのです。トリノでのオペラ・シーズン再開は1945年12月のことでした。これは終戦後4,5か月のことで、イタリアの中でも一番早いタイミングです。しかし、劇場は破壊されたままですので、別の劇場を使っての再開でした。
劇場自体の修復計画は1937年にスタートしましたが、内装を昔のままにするのかモダンにするのかの議論がなされたまま、なかなか決着がつかず、修復オープンまでには実に37年の歳月を必要としたのです。

トリノ王立歌劇場も、イタリアの他の劇場のように古いスタイルの劇場にすることもできました。しかし結論は、1970年代のテイストによってデザインすることだったのです。今年は再開40周年にあたる年なので、劇場ロビーでもアーカイヴを展示しています。ぜひご覧になってみてください。イタリアの中でも、スカラ座、フィレンツェ、ローマと並ぶ規模の劇場です。

ピエロ・ロッバが1971年から2010年まで劇場の正職員として働いていたのを記念して作成されたポスター

ーーロッバさんは、1971年からこの劇場で働いているのですね。つまり再建前からというのが凄いですね。思い出に残る出来事はなんでしょう?

1971年から2010年まで劇場の正職員として働いていました。そのあとはヴォランティアという形で劇場に協力しています。この劇場は私にとって我が家みたいなものですね(笑)。私が入った時には劇場再建前で、トリノ郊外にあるテアトロ・ノーヴォという劇場を使っていたのです。
過去の印象的な出来事と言えば、やはりマリア・カラスの思い出ですね。1973年のオープニングに音楽監督としてトリノ登場して生涯唯一の演出を手掛けたのです。演目は「シチリア島の夕べの祈り」でした。当日は400以上のメディアが集結してとても大きな話題になったのですが、結果はあまりかんばしいのではありませんでした。その後カラスは2度と演出をしようとは思わなかったのですからね。そうそう、カラスが「アイーダ」役を完全に歌い切ったのもトリノが初だったのですよ。
「ラ・ボエーム」100周年でパヴァロッティが出演した時にもヨーロッパ中のメディアが集まりましたね。懐かしい思い出です。

ーートリノ・オリンピックの時はいかがでしたか

法律によってトリノ市長がトリノ王立歌劇場のプレジデントになるので、オリンピック関連の授賞式はすべて劇場正面の広場で行われたのです。そしてその舞台装置についてはもちろん劇場のものを使いましたね。

ーー現在のマエストロ・ノセダ氏についてはいかがでしょう。

マエストロがこの劇場に来てから労働者のストライキがなくなったことが素晴らしい。とにかく劇場関係者をまとめるのが上手くて、組合などとの交渉もスムーズです。プロ意識が高く、ポジティヴな人間関係を築くのがとても上手ですね。評判がいいですよ。

ーートリノ王立歌劇場の魅力とはなんでしょう。

まずは、1740年から今に至る長い歴史でしょうね。長い歴史の中で積み上げられてきた誇りと責任です。それがこの歌劇場を最高に輝かせているのです。

取材・文:田中泰(ぶらあぼ編集部)