川端康成原作の室内オペラから気鋭のアンサンブルまで充実の記念ラインナップ
桜木町から紅葉坂の急な坂を登りきったところに位置する神奈川県立音楽堂。開館65周年となる今年、1年にわたる改修工事を終え6月1日にリニューアルオープンする。ここでは記念ラインナップとなる2019/20シーズンについてご紹介したい。主催事業は「音楽堂室内オペラ・プロジェクト」「音楽堂ヴィルトゥオーゾ・シリーズ」「音楽堂アフタヌーン・コンサート」の3シリーズを柱とする。白眉は2つの演目を用意した「音楽堂室内オペラ・プロジェクト」だ。
注目の新作オペラとヘンデルの秘曲オペラを
まずは2020年1月に上演されるボーダーレス室内オペラ《サイレンス》(日本初演・フランス語上演)。文豪・川端康成の晩年の短編『無言』を原作とする。主人公の「私」は、寝たきりで話すこともできなくなった老小説家を逗子に見舞う。老人を介護する娘と語らい鎌倉に帰る車中、トンネルを抜けたところで「私」の隣にいる女の幽霊と遭遇する。この、生と死、あるいは現実と非現実が境界なしに並存する川端文学に魅入られた作曲家は、昨年、映画『シェイプ・オブ・ウォーター』で米・アカデミー賞作曲賞に輝いたアレクサンドル・デスプラ。ラヴェルやドビュッシー、武満徹を愛する彼が川端の幻想世界をどのように音楽に紡ぎ出すのか、期待大だ。出演はカミーユ・プル(ソプラノ)とミハイル・ティモシェンコ(バリトン)、他俳優の語りのみ。演奏は、今年2月末にルクセンブルクでこのオペラを世界初演したアンサンブル・ルシリン。日本では細川俊夫のオペラ公演で知られる実力派だ。
もう一つは、1990年の結成以来、斬新かつ鮮烈な演奏で破竹の快進撃を続けるファビオ・ビオンディ(指揮/ヴァイオリン)とエウローパ・ガランテによるバロック・オペラ。音楽堂には2006年の《バヤゼット》、17年の《メッセニアの神託》で名演を残してきた。今回、20年2、3月に彼らが取り上げるのは、いまなお多くの謎が残るヘンデルの幻のオペラ《シッラ》。彼らにとっても、一昨年リリースされたCDが話題を呼んだ同オペラの完全舞台版世界初演となる。ローマの執政官シッラ(ルキウス・コルネリウス・スッラ)を題材とするこの物語は、戦争の勝利に酔うシッラがローマへの絶対的権力を主張し人妻や恋人の強奪を図るなどの暴挙に走るという、古今の独裁者たちの愚行を彷彿とさせる内容だ。キャストは上述のCDに参加した名手たち。演出は《メッセニア》で能舞台をイメージしたステージを手掛けたカウンターテナー彌勒忠史だ。
精鋭クァルテットとダンスのコラボも実現
次に「音楽堂ヴィルトゥオーゾ・シリーズ」を。プリマドンナ中丸三千繪(ソプラノ)による6月のリサイタルを皮切りに、9月は100年近い歴史を持つ名門オランダ・バッハ協会管弦楽団の来日公演。同団の音楽監督、佐藤俊介が、コンサートマスターの演奏立ち位置から指揮をすることで沸き上がる躍動感溢れるアンサンブルを堪能したい。11月は、驚異的なテクニックで現代音楽を弾きこなす当代最強のアルディッティ弦楽四重奏団が音楽堂に初登場する。気鋭の振付家・ダンサー小㞍健太との新作共演は必聴必見だ。20年1月は、その至高の音楽性が日本でも広く知られるエリソ・ヴィルサラーゼ。ロシア・ピアニズムの真髄を堪能したい。
14時開演のシリーズもすこぶる充実
「音楽堂アフタヌーン・コンサート」も注目公演が目白押し。東京混声合唱団音楽監督、山田和樹が昨年宣言した「東混によるフリー・ジャズ」が8月についに実現する。ゲストはピアノの山下洋輔。問答無用のエネルギッシュなコラボに熱狂したい。10月は、濱田芳通(コルネット/リコーダー)らによる古楽アンサンブル、アントネッロが登場。今年没後500年のレオナルド・ダ・ヴィンチに焦点をあてる。著名な音楽家でもあったダ・ヴィンチを目で観るのではなく、耳から鑑賞する格別な芸術の秋を。20年3月は、平野公崇率いるブルーオーロラ・サクソフォン・カルテット。クラシックからジャズや即興など、名手揃いならではの多彩なプログラムで会場を沸かせる彼らが音楽堂の春をどのように彩るのか、要注目だ。
フル充電した神奈川県立音楽堂が贈る充実のラインナップで、1年を満喫したい。
文:有川真純
(ぶらあぼ2019年4月号より)
問:チケットかながわ0570-015-415/神奈川県立音楽堂045-212-0323
※ラインナップの詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
http://www.kanagawa-ongakudo.com/