真摯な“ピアノの音”を聴く
実に15年ぶりという自主企画のリサイタルは、「自分のピアノの原点に帰って」というとおり、J.S.バッハ「イタリア協奏曲」、ベートーヴェン「ソナタ第23番『熱情』」、リスト「巡礼の年第1年『スイス』」、そしてスペインのグラナドス「ゴイェスカス」と、迫昭嘉が活動の柱としてきた作曲家の名が並ぶ魅力的なプログラムだ。
「本当はこれにシューマンも入れなければなりませんが、これらすべてが自分のライフワーク的なレパートリーです。『イタリア協奏曲』は合奏協奏曲の形をとったシンプルで明るい曲なので、最初に聴いてもらうにはふさわしいでしょう。ヘ長調が『熱情』のヘ短調につながることも意図しています。その『熱情』を私も何度も弾いていますが、あらゆるピアニストが弾いていて、聴き手にとっても“ベートーヴェン的なもの”の象徴のような作品だと思います。その曲で、今の自分がどのようなベートーヴェン像を描けるのか、自分でも楽しみです。後半の2曲は色彩とリズムに富んだ作品です。『巡礼〜』は最近話題だそうですが、村上春樹さんの小説はまだ読んでいません(笑)」
1999年以来、指揮者としても活動しているが、それによってピアノに対する考え方も少し変わったという。
「指揮することで音楽の世界が拡がり、ピアニストとしての自分にも明らかにプラスです。どの作曲家も、オーケストラのいろいろな楽器のイメージをピアノの音の中に持ち込んでいますから。ただ、それはピアノをオーケストラのように弾くという意味とは少し違います。たしかに以前は、ここはオーボエの音を出してみようとか、できるだけ弦の響きに近づけてみようとか考えていたのですが、逆に今はピアノという楽器ならではの音、“ピアノの音”で組み立てようと考えるようになりました。その意味で『熱情』などは、やはりピアノ音楽の傑作です。より音域の広い楽器を手に入れてうれしくてしょうがない、当時のベートーヴェンの気持ちがすごく出ています」
では、バッハはどのようなアプローチをするのだろうか?
「私はチェンバロやフォルテピアノを専門にしているのではなく、モダンピアノを弾いていますので、現代のピアノを使いながらバッハのスタイルを壊さない立体的な音楽をつくりたいと思っています。もちろん古楽のバッハを聴くのは大好きですが」
言葉の一つひとつから音楽への誠実な向き合い方が伝わってくる。「無駄な響きがなくて、でも柔らかい音がする」と評価するお気に入りの浜離宮朝日ホールで、その真摯な“ピアノの音”に耳を傾けたい。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2013年9月号から)
★10月3日(木)・浜離宮朝日ホール
問 カジモト・イープラス0570-06-9960 http://www.kajimotoeplus.com