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文:飯尾洋一
目を疑うような円安が進み、日本のクラシック音楽業界にとっては逆風が吹き荒れているが、それにもかかわらず2025年はウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管の三大オーケストラがそろって来日し、活況を呈した一年となった。
来日オーケストラで筆頭に挙げたいのは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。クリスティアン・ティーレマンの指揮によりブルックナーの交響曲第5番でまろやかで豊麗な響きを聴かせてくれた。ブルックナーの交響曲のなかでも荒々しい造形美を誇る交響曲第5番と、しなやかなウィーン・フィルとの組み合わせは絶妙。終楽章でティーレマンが燃え上がるようなクライマックスを築いてくれたおかげで、記憶に残る名演になった。完璧な沈黙の後に訪れた客席の大喝采は今年いちばんの盛り上がりだったと思う。客席で同時多発的に発生する野太い「ウォ~~」がすごかった。

撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール
キリル・ペトレンコ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団はシューマン、ワーグナー、ブラームスのドイツ音楽プログラムで会場をわかせた。ブラームスの交響曲第1番は細かなテンポの操作や綿密な強弱の設計にもとづいた意匠を凝らした演奏。さらに驚嘆したのは編成の小さなワーグナー「ジークフリート牧歌」で、これ以上はないというほど、柔らかくやさしい。これは妻コージマに贈られた愛の音楽なのだとあらためて実感。

(c)Monika Rittershaus
今を時めく新世代のスター、クラウス・マケラはこの一年間に、パリ管弦楽団とロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を率いて2度も来日した。パリ管とはサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付」とベルリオーズの「幻想交響曲」というダブル看板演目を披露。明瞭でキレがあり、エネルギッシュ。ロイヤル・コンセルトヘボウ管とはマーラーの交響曲第5番で輝かしい演奏を堪能させてくれた。ひりひりした魂の叫びというよりは、ぜいたくな音の饗宴。どちらのオーケストラとの共演からも、マケラが醸し出すポジティブなオーラを感じる。


フライブルク・バロック・オーケストラは指揮者を置かず、フォルテピアノのクリスティアン・ベザイデンホウトと共演。モーツァルトのピアノ協奏曲第17番および第9番「ジュノム」で、これこそが協奏曲というソリストとオーケストラが一体となった演奏をくりひろげた。ハイドン、ヨハン・クリスティアン・バッハを組み合わせたプログラミングの妙も光る。
ほかに来日オーケストラでは、まもなく音楽監督を退任するグスターボ・ドゥダメルとロサンゼルス・フィルハーモニックによる成熟度の高いストラヴィンスキー、ウラディーミル・ユロフスキ指揮バイエルン国立管弦楽団による濃厚なリヒャルト・シュトラウスが忘れがたい。

提供:TOPPANホール


国内のオーケストラに目を向けると、まずはジョナサン・ノットとのラスト・シーズンを迎えた東京交響楽団を挙げないわけにはいかない。長年にわたって数々の名演をくりひろげてくれた最高のコンビもこれで一区切り。寂しいが、どちらも次の章を迎える時が来た。両者による今年の公演からひとつだけ選ぶなら、ブリテンの「戦争レクイエム」か。東響コーラスも含めて、記念碑的な名演となった。ノット監督以外の公演では、佐藤俊介との「モーツァルト・マチネ」がセンセーショナルだった。モーツァルトと同時代のヴァンハル、ミスリヴェチェクを組み合わせて、緩急と強弱を自在に操りながらスリリングな音楽を展開した。


NHK交響楽団に2000年生まれの新鋭、タルモ・ペルトコスキが招かれたことは驚きだった。マケラよりもさらに若い才能がフィンランドから現れた。マーラーの交響曲第1番「巨人」は、ルーティーンからほど遠く、予測のつかないおもしろさ。まだ十分にオーケストラにビジョンを伝えきれないところもあったかもしれないが、11月に発表されたN響の聴衆投票による「最も⼼に残ったN響コンサート2024–25」で第1位を獲得。これは快挙だ。25歳の若者もすごいのだが、98歳の大巨匠も登場するのがN響。ヘルベルト・ブロムシュテットは今年も健在だった。シベリウスの交響曲第5番は、枯淡の境地などではなく、生の賛歌。みずみずしさすら感じさせた。


セバスティアン・ヴァイグレ指揮読売日本交響楽団はベルクのオペラ《ヴォツェック》演奏会形式でこのコンビの成熟度の高さを印象付けた。オーケストラから鋭利で精妙なサウンドを引き出す。下野竜也指揮東京都交響楽団はトリスタン・ミュライユの「ゴンドワナ」、夏田昌和の「オーケストラのための《重力波》」、黛敏郎の「涅槃交響曲」という強烈なプログラムで、オーケストラが作り出す音響世界の広大さを体感させた。山田和樹指揮日本フィルハーモニー交響楽団のイギリス音楽プログラムも記憶に残る公演。エルガーの交響曲第2番に込められたロマン、威厳、諦念、ユーモアなどをえぐりだす。アンドレア・バッティストーニ指揮東京フィルハーモニー交響楽団はリヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」で異彩を放った。まるでヴェルディのオペラのような熱い人間ドラマが感じられる「アルプス交響曲」で、新鮮な喜びがあった。

(c)読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

提供:東京都交響楽団/(c)堀田力丸

(c)山口敦

(c)上野隆文

飯尾洋一 Yoichi Iio
音楽ジャーナリスト。著書に『クラシックBOOK この一冊で読んで聴いて10倍楽しめる!』新装版(三笠書房)、『クラシック音楽のトリセツ』(SB新書)、『マンガで教養 やさしいクラシック』監修(朝日新聞出版)他。音楽誌やプログラムノートに寄稿するほか、テレビ朝日「題名のない音楽会」音楽アドバイザーなど、放送の分野でも活動する。ブログ発信中 https://www.classicajapan.com/wn/
