2025年音楽シーン総まとめ! プロの耳が選んだベスト・コンサート(現代音楽編)

文:白石美雪

 「目が覚めるような」という表現がある。これをもじるなら、現代音楽のコンサートに求めるのは「耳が覚めるような」音楽との出会いである。「真の新しさ」を感じたとき、自然と精神は覚醒する。

 今年もそんな瞬間があった。魔術的な作風をもつゲオルク・フリードリヒ・ハースコンチェルト・グロッソ第1番を聴いた時である。オーケストラの前に4本の長いアルプホルンが並び、自然倍音からなるその音響と、J.ストックハンマー指揮の読売日本交響楽団が奏でる平均律の音響が往還すると、巨大な波動にのみ込まれる感覚になった。しかも、この曲ではアルプホルンどうしの音が微妙にずれて生じたうなりを楽員が聴いて、そこから次の演奏のテンポが決まるのだ。自然倍音がもたらす微分音を複雑に重ねるハースの手法は、ホールで聴く生演奏でこそ真価が伝わる。

コンポージアム2025 「ゲオルク・フリードリヒ・ハースの音楽」より『コンチェルト・グロッソ第1番』
©大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 記念年の作曲家としては生誕100年のピエール・ブーレーズ東京シンフォニエッタ)と芥川也寸志の作品による個展(新交響楽団オーケストラ・トリプティーク)があったほか、日本で90歳を迎えたミニマル音楽の作曲家テリー・ライリーを祝う演奏会が印象深い。1つは「テリー・ライリー バシェ音響彫刻コンサート」と題された京都市立芸術大学の公演で、ライリー自ら学生による合唱と共演し、自然倍音で共鳴しながら移ろっていく新作を初演した。ホールの後ろに置かれたバシェの音響彫刻が声と交感する空間は大自然の懐に佇んでいる感覚をもたらす。神奈川県立音楽堂で日本初演となったライリーの「サン・リングス」はNASAが提供する、録音された宇宙空間のサウンドと弦楽四重奏、合唱が謳う壮麗な宇宙讃歌であり、そこには平和を希求する願いが滲んでいた。

「テリー・ライリー バシェ音響彫刻コンサート」より
©三浦麻旅子
「Kronos Quartet Plays Terry Riley」より『サン・リングズ』
©三浦麻旅子

 追悼演奏会としては2023年9月に他界した西村朗を悼む2つの公演がすばらしかった。1つは沼野雄司企画・監修の「西村朗 トリビュート・コンサート」。まるで熱い空気がホールをのたうち回っているような12人のチェロのための「マナⅠ」など、気の利いた選曲だ。もう1つがザ・フェニックスホールの「曲がった家を作る人−故郷に響く西村朗の音楽 《弦楽四重奏》」。郷古廉、石上真由子、大野若菜、水野優也という特設アンサンブルが切れ味良く、西村らしいドライヴのかかった演奏で圧倒した。また、アンサンブル・コンテンポラリーαによる2024年7月に亡くなった湯浅譲二の追悼コンサートは伊藤弘之の監修で、作曲家の多彩な側面を切り取った。とくに4チャンネルテープと室内アンサンブルのための「世阿彌・九位」がホール空間で聴けたことが収穫である。

「西村朗 トリビュート・コンサート」より『マナⅠ』
©大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団
「曲がった家を作る人−故郷に響く西村朗の音楽 《弦楽四重奏》」より
©松浦隆
「湯浅譲二 追悼コンサート」より『世阿彌・九位』
提供:アンサンブル・コンテンポラリーα

 オペラのジャンルも豊かな実りがあった。20世紀の古典としては新国立劇場で大野和士が指揮した《ヴォツェック》、セイジ・オザワ 松本フェスティバルで沖澤のどかが指揮した《夏の夜の夢》が水準の高い公演だった一方、近作や新作も充実していた。初演から31年を経て日本初演となった近藤譲《羽衣》は、いつもながらの静謐で繊細な音の織物が抒情的な情景を編んでいく。語りと舞踊を伴った霊妙な儀式にも思えた。今年70歳を迎えた細川俊夫の新作《ナターシャ》が新国立劇場の委嘱で世界初演となったのも大きな話題。多和田葉子の台本が地獄巡りによって現代の退廃を突く内容で、細川の音楽にはこれまでの能に基づくオペラとはひと味ちがう挑戦がみられた。

第55回サントリー音楽賞受賞記念コンサート 近藤譲《羽衣》より
撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
新国立劇場 細川俊夫《ナターシャ》より
撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

 若い才能による初々しい音楽が聴ける機会は貴重だ。ハースが審査員を務めた武満徹作曲賞では、我妻英「管弦楽のための《祀》」金田望「2群のオーケストラのための《肌と布の遊び》」が第1位を分け合った。我妻が技法を凝らしてみっしりと書き込んだ楽譜にはやりたい事が溢れていて、荒削りながらパワーあふれる音楽であるのに対して、金田作品は対照的にすっきりと切り詰められた素材で紡がれている。どちらも今後への期待が膨らむ作品だ。芥川也寸志サントリー作曲賞では選考対象の3人(松本淳一、廣庭賢里、斎藤拓真)の曲を凌駕して、2年前の受賞者、向井航の委嘱新作「クィーン」が強烈で、パンクなクラブシーンがサントリーホールに現出したかのようだった。おもしろかったのは「ルツェルン・フェスティバル・アカデミー in JAPAN 2025」。日本からの聴講生(田中弘基、浦部雪、石川健人、中瀬絢音)が世界から集った8名の受講生の新作から4曲を選び、本人の作品とともに日本で紹介する趣向で、若い世代が切磋琢磨する様子が伝わってきた。

2025年度武満徹作曲賞「本選演奏会」より我妻英『管弦楽のための《祀》』
©大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団
第35回芥川也寸志サントリー作曲賞「選考演奏会」より向井航『クィーン』
撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
「ルツェルン・フェスティバル・アカデミー in JAPAN 2025」より
©Kenichi Kurosaki

 東京現音計画アンサンブル・ノマド東京シンフォニエッタフィディアス・トリオCrossingsアンサンブル九条山ニンフェアールなど定評のある現代音楽アンサンブルが着実に活動する一方、アンサンブル・プラットフォームが第1回公演「始動」アンサンブル・リカレンスが第1回演奏会「古典としてのピエール・ブーレーズ、新しい伝統の発端」で新たな一歩を踏み出した。現代音楽の面白さを伝えるには作品の本質をつかみ取る優れた演奏家が必須だから、こうしたグループが産声を上げたのは心強い。


©池上直哉

白石美雪 Miyuki Shiraishi

20世紀の前衛を中心に幅広く「現代音楽」を研究。ここ10年あまり、近現代の日本の音楽評論史にとりくんでいる。東京藝術大学卒、同大学院修士課程修了。朝日新聞でコンサート評、レコード芸術 ONLINE で新譜月評を担当。著作に『ジョン・ケージ―混沌ではなくアナーキー』(武蔵野美術大学出版局、第 20 回吉田秀和賞受賞)、『すべての音に祝福を ジョン・ケージ50の言葉』(アルテスパブリッシング)、『音楽評論の150年福地桜痴から吉田秀和まで』(音楽之友社、第37回ミュージック・ペンクラブ賞、第3回音楽本大賞個人賞受賞)など。武蔵野美術大学教授。