常に初心を忘れず、新しい挑戦を続けたい
作曲家への敬愛をピアノの響きにのせて伝え続ける伊藤恵が、「春をはこぶコンサート」シリーズ第3弾を開始する。第1弾はシューマン、第2弾はシューベルトをテーマに8年ずつ行った。今回伊藤がテーマに据えた作曲家はベートーヴェン。ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」、第23番「熱情」を取り上げる。
「シューマンとシューベルトを弾き、時代を遡るように辿ってきたからこそ、ベートーヴェンの作品から読み取れるもの、ようやく理解できることがあります。ベートーヴェンが楽譜に記した『dolce(やさしく)』などの言葉や記号一つひとつに込められた意味があらためて理解できると、一瞬で世界が開けるように感じます。dolceの曲想からは、全人類でもっとも優しい男としてのベートーヴェン像が浮かび上がります」
伊藤はこれまでにもベートーヴェンの数々の室内楽のピアノパートや協奏曲全曲を演奏してきたが、「ピアノ・ソナタに向き合うことは特別」と語る。
「彼は究極の哲学者。人間が生きる意味を追求した人です。多くの試練や絶望を乗り越え、その先にある幸福を求めて止まなかった。『第九』で用いたシラーの詩『歓喜の歌』は、ベートーヴェンの行き着いた至高の世界です。そんな彼の独奏ソナタに真っ向から対峙することは、そうたやすいことではありません。それでも何か少しでも新しい発見を音にしたい。『ワルトシュタイン』と『熱情』は同時代に書かれ、一方は明朗で天国的な世界、もう一方は地獄のような厳しさがある作品です。この頃は、明るさに満ちたピアノ協奏曲第4番も作曲しています。彼の天才性が爆発していた時代ですね」
会場ではこの2つのソナタを収めたCDが先行販売される。
「20世紀にイタリアが生んだメーカー、ファツィオリのピアノで録音しました。音の伸びが素晴らしく、よく歌うピアノです。ベートーヴェンは常にピアノの未来を予見しながらソナタを書いたのではないでしょうか。ソナタの新しい可能性を感じられるレコーディングとなりました」
コンサートの後半にはショパンの「12の練習曲 op.25」全曲も演奏する。伊藤はベートーヴェンとショパンに「ピアノを愛し、楽器の表現力を追求し続けた芸術家」という共通項を見出している。
「常に初心を忘れず、新しい挑戦を続けたい」と語る伊藤は、来たる2020年のベートーヴェン生誕250年も視野に入れている。その祝祭年に向けて、伊藤とベートーヴェンとの新たな対話が今始まろうとしている。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2018年4月号より)
春をはこぶコンサート ふたたび 「ベートーヴェンの作品を中心に」 伊藤 恵 ピアノ・リサイタル
2018.4/29(日・祝)14:00 紀尾井ホール
問:カジモト・イープラス0570-06-9960
http://www.kajimotomusic.com/
他公演
2018.4/12(木)京都府立府民ホール アルティ(KCMチケットサービス0570-00-8255)
4/14(土)愛知/宗次ホール(052-265-1718)
5/20(日)神奈川/港南区民文化センターひまわりの郷(045-848-0800)