寺田悦子は、一夜のリサイタルのなかですべて同じ調性でプログラムを彩る「調の秘密」シリーズや、夫の渡邉規久雄とのピアノ・デュオなど、興味深いコンサートを開催している。この9月のリサイタルのタイトルは、「五線譜に描かれた情景〜煌きの音画〜」。プログラムには、ピアニスティックな作品がそろう。「情景が浮かぶような曲を選んでやってみようと思いました」と語る。
プログラムを考えた時、真っ先に浮かんだのはベートーヴェンだ。
「まず、ベートーヴェンを弾きたいと思ったのです。ベートーヴェンとショパンは私にとっては永遠の作曲家。私が最初に留学したのはウィーンでした。ベートーヴェンは自分の身体にしみ込んでいる音楽なのです」
ベートーヴェンのピアノ・ソナタから、寺田はロマン主義の音楽表現を先取りした第14番「月光」を選んだ。「私の先生(ディーター・ヴェーバー)からは、いつもベートーヴェンよりもショパンの音だと言われ続けていました」とウィーン時代を振り返る。一方で、ドビュッシーも彼女が弾きたい作曲家で、「ドビュッシーとショパンはとても合う」そうだ。
「ショパンはとても革新的な和声を使っています。また、ショパン作品を弾く時に『左手はリズムの通りだけれど右手は歌わせて』と言われますが、あの感覚がジャズにも通じるところがあり、とてもモダンだと思うのです。その部分をドビュッシーは受け継いでいます。私はそういうところが好きなのです。このプログラムの曲はすべて革新的だと思いますね」
今年は、寺田が入賞した第2回ルービンシュタイン国際ピアノ・コンクールからちょうど40年。そのことも意識したプログラムだ。
「ルービンシュタインはドビュッシーも好んで弾きました。それから『アンダンテ・スピアナート…』は得意でしたし、彼の弾くベートーヴェンのソナタも聴いています。それに加えて、ブラームスのヘ短調のソナタを入れると、まるでルービンシュタインのようなプログラムになってしまいます」
しかし、彼女はあえてムソルグスキーの「展覧会の絵」を選んだ。
「この作品は、ピアノでなければ表わせない音を最も示している曲のひとつだと思うのです。ロシアのピアニズムも持っていながら、どこかモダンなところもあり、ドラマティックで抒情的でもあるのです」
ウィーンから渡米した寺田は、ロシア系のサッシャ・ゴロドニツキに師事した。
「ロシア流の手の使い方や歌い方は、やはり違います。弾く際にすごく重さをかけるのです。『展覧会の絵』は昔から弾いていた曲ですが、アメリカでは弾くことはありませんでした。あの頃の自分では弾けなかっただろうな、と」
まさに今、寺田は満を持して「展覧会の絵」に臨む。最後にこのリサイタルにかける意気込みについてうかがった。
「ピアノという楽器の可能性が感じられるプログラム。そこを楽しんでいただけましたらと思います」
取材・文:道下京子
(ぶらあぼ2017年9月号より)
寺田悦子 ピアノ・リサイタル 五線譜に描かれた情景〜煌きの音画〜
2017.9/28(木)19:00 紀尾井ホール
問:ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040
http://www.japanarts.co.jp/