1940年は皇紀、つまり神武天皇の即位から数えて2600年目にあたる。当時、これを祝って万博とオリンピックを同時に行ってしまおうと考えるまで、日本社会は高揚していた。軍国主義もあったが、同時に豊かさへの憧れもあふれていたのである。それがなぜあれほどまでに悲惨な結末を迎えたのか。その顛末には文化・芸術も様々な形で関わっているのだが、戦後、人々は口を閉ざした。みんなが思い出したくない過去だったから。年月を経て、いまやそれはみんなが知らない過去へと変わりつつある。
静岡音楽館AOIの芸術監督・野平一郎が静岡県舞台芸術センターの宮城聰(演出)と構想5年を費やして世に問う『1940 ―リヒャルト・シュトラウスの家―』は、音楽をちりばめた歴史劇によって時代の雰囲気を蘇えらせようとする試みだ。日本政府は紀元奉祝にあたり各国の作曲家に新曲を委嘱。同盟国ドイツからはかつて帝国音楽院総裁の地位にあったR.シュトラウスが楽曲を寄せた。もともと政治にあまり関心がなかった世界的作曲家ですら、ナチの意向は無視できなかったのである。他方、シェーンベルクのようなユダヤ人、前衛芸術家は亡命を余儀なくされた。
また、劇には庶民の音楽文化も映し出されるようだ。ワーグナーやヴェルディのアリアは、明治以降の日本人のオペラへの憧憬の中心にあった。服部良一(作曲家・服部克久の父)の「蘇州夜曲」は李香蘭こと山口淑子が歌い、アメリカのポピュラーソング「私の青空」も戦前の日本で人気を博した。これらの楽曲に佐々木典子(ソプラノ)、妻屋秀和(バス)といった強力なキャストが臨む。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ 2017年4月号から)
4/29(土・祝)13:30 静岡音楽館AOI
問:静岡音楽館AOI 054-251-2200
http://www.aoi.shizuoka-city.or.jp/