スーパーのレジ係10人が歌うオペラ!?
ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞アーティストが仕掛ける異色作が京都で日本初演!

©Modestas Endriuška

 9月にロームシアター京都にて上演される現代オペラパフォーマンス『HAVE A GOOD DAY!』は、リトアニア出身の女性クリエイター3人、ヴァイヴァ・グライニテ(台本)、リナ・ラペリテ(作曲・音楽監督)、ルギーレ・バルズジュカイテ(演出・美術)の協働による作品である。副題「10人のレジ係、スーパーマーケットの音、ピアノのためのオペラ」の通り、この作品はスーパーのレジ係の格好をした10人の女性パフォーマーとピアニストによって演じられ、タイトルは彼女たちが客を送り出す時に口にする「よい一日を!」という挨拶から取っている(日本なら「ありがとうございました!」で締めるところか)。

 夜のスーパーの陳列棚への「子守歌」のあと、レジで彼女たちが一日に何千回も繰り返す定型のあいさつ「こんにちは!」「ありがとうございました!」「よい一日を!」がワンセットのキーフレーズとなって反復されるミニマル・ミュージック調の大合唱が始まる。客への挨拶も、雑多な商品名も、トイレに行く暇もなくパンパンの膀胱のことすらも、すべてフラットに一定のパターンの音型に流し込まれていく様は壮観だ。彼女たちが手元で操作するバーコードスキャナーの赤い光や「ピッ」というピープ音、天井の蛍光灯のチカチカ、そうした音や光がその場に消費の宮殿、スーパーマーケットの姿を立ち上がらせる。

左より:ルギーレ・バルズジュカイテ(演出・美術)、ヴァイヴァ・グライニテ(台本)、リナ・ラペリテ(作曲・音楽監督)

 しかし、こんな風に「個人」が埋没しそうな画一化された消費社会をシニカルに批評する流れが続く作品なのかと思いきや、続いて歌われる数々のアリアでは、まさに現代を生きている女性たちひとりひとりの姿が実に個性的に浮かび上がってくる。例えば、最近入った新人は、覚えることが多すぎてミスばかり。でも彼女の反復するメロディはどこか民謡か祈祷のようなのんびりしたもので、内容の切迫感となんともズレがあるのが面白い。そう言えば、このほぼアカペラによる上演スタイル自体を、ユネスコ無形文化遺産にもなっているリトアニアの伝統的多声合唱「スタルティネス」と解釈する人もいるようだ。

 日々の仕事と育児に追われているシングルマザーの、キツい高音で早口に叫びまくしたてるような歌には、彼女の生活そのものの「ギリギリ感」がにじみ出る。一番マイペースにここで仕事をしているのは、ちょっとハスキーな声で「お客に口説かれた話」をぺらぺら喋る猫好きギャルだろうか。

 声自体の個性も大切にされており、多様な声域・声色・スタイルの歌い手が集められている。早朝出勤をぼやく二重唱では、列の両端に座った二人の高い声/低い声が、朝の出勤の風景さながらに同じ歌詞で並んで歩く。一番派手な声なのは、スーパーの商品がどれだけ健康に役立つかを高らかかつほがらかに触れまわるミズ・ヘルシー!

©Rugilė Barzdžiukaitė

 ヨーロッパではどこでも移民にあふれている。但しリトアニアではその一方で、2004年EU加盟以降「西側」への大量人口流出があったのだという。ここではそんな中の「移民してきた」側のひとりが、宗教や言葉が違う国で働くゆえの苦労を打ち明ける。「ふつう」と違う発音や綴りの名前を覚えてもらうにも苦労するし、スーパーの休日が自分の宗教の暦とずれていることもストレスだ……と。逆にある店員は、イギリスに移住し成功している息子への訪問を来週に控えている。彼女は、おそらく同居を誘われているのだが、息子家族との関係や、祖国から動きたくない夫との間で気持ちは揺れ動く。その「揺れ」の部分を覆うように、「今年最大のホリデーセール!」「半額!急いで」など、追い立てるような店内放送セールストークが合唱で挟みこまれるのも面白い。

 もっとも悲劇的なのは、大学の美術史科を卒業はしたがそれを生かせる仕事が見つからない若い女性が、ここで働く苦しさと未来の見えないつらさを訴える「美術批評家のアリア」。ほとんどの曲で背後に流れるスキャナーのピープ音も赤いランプも消えて、わずか二音の間を這いまわるようなつぶやきが、彼女のどうにもならない苦悩を浮き彫りにする。

 ともあれ、最後には「給料日」がやってきて、彼女たちにはつかの間の高揚が訪れる。彼女たちが思うさま「消費者」になる瞬間だ。

©Simonas Švitra

 低賃金の重労働、家事の負担、新人の苦労、移民の同化の難しさ、移住と家族のしがらみ、大卒の就職難など、グローバル化が進む世界のどこでも、特に女性にとって「あるある」なエピソードがユーモアたっぷりに多彩な音楽で綴られているからこそ、本作『HAVE A GOOD DAY!』は、2013年の初演以来、各地で評価され、現在も世界各地で上演が続いている。この制作チームの2作目の協働作である環境問題をテーマにした『Sun&Sea』は、2019年の第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展にリトアニア館で出品され、金獅子賞(最優秀ナショナル・パビリオン賞)を受賞した。かくして21世紀の新作「オペラ」は、伝統的な声や唱法の制約にとらわれず、「声と音楽と演劇的要素」によって構成されるムジークテアーター(音楽劇)作品として軽やかに同時代の諸問題へと観客をいざなうのだ。「劇場文化をつくる」をコンセプトに、数多くの国内アーティストたちに新作の創造の場を提供し、また世界最前線の舞台作品を招聘してきたロームシアター京都がリニューアルオープン10周年に選び抜いた最前線の「オペラ」を、ぜひ体験してみてほしい。

文:森岡実穂

©Modestas Endriuška

ロームシアター京都 10周年記念事業
リトアニア 現代オペラパフォーマンス『HAVE A GOOD DAY!』
10人のレジ係、スーパーマーケットの音、ピアノのためのオペラ

(リトアニア語上演/日本語・英語字幕あり)

2026.9/25(金)19:00、9/26(土)14:00
ロームシアター京都 サウスホール

(京都市左京区岡崎最勝寺町13)
※9/25(金)終演後、ヴァイヴァ・グライニテ、ルギーレ・バルズジュカイテ出演のアフタートーク有

コンセプト:ヴァイヴァ・グライニテ、リナ・ラペリテ、ルギーレ・バルズジュカイテ
台本:ヴァイヴァ・グライニテ
作曲・音楽監督:リナ・ラペリテ
演出・美術:ルギーレ・バルズジュカイテ

一般:6,000円/会員価格5,400円
ユース(29歳以下):3,000円
18歳以下:1,000円
※未就学児入場不可
※ユースチケット・18歳以下チケットをご購入の方は、公演当日、年齢が確認できる証明書のご提示が必要です。
*会員:京都コンサートホール・ロームシアター京都Club、京響友の会、サポーター・パートナー会員


問:ロームシアター京都チケットカウンター075-746-3201
https://rohmtheatrekyoto.jp
https://rohmtheatrekyoto.jp/event/143711/

他公演
10/3(土)穂の国とよはし芸術劇場PLAT(プラットチケットセンター0532-39-3090)